翼を広げ、滑空しながらダークドラゴンが俺たちを見た。
真っ黒な、感情を感じさせない目。
身を覆うウロコも翼も、太陽の光をまったく反射しないほどの漆黒だった。
全長は二十メートルはあるだろうか。
「姫様、魔法障壁を!」
「ええ、わかったわ! テネスの女神様、この哀れな女に災難から守る傘をお貸しください……カルト・マレ・トゥレーラ……」
シュリアがなにか呪文のようなものを唱え始める。
この子、魔法を使えるのか。
ガルニは剣を抜く。
いや、そんな剣で空を飛ぶドラゴンにどう立ち向かうんだ?
そう思っていると、ガルニは剣を両手で持ち、まっすぐドラゴンに向けた。
そして、
「テネスの女神よ、私に力を……!」
と呟いた。
「ぐぐ……ぐおおおおお!」
ガルニが気合を入れると、剣が光り始める。
それだけではない。
ガルニの全身を、電気の火花のようなものが覆い始めた。
バチバチッ! という電気特有の音が響く。
「女神よ、私に
するとガルニの全身を覆っていた電気の火花のようなものが剣先に集まり――。
「くらええええい!!」
ガルニが剣を振ると、そこからカミナリのようにまばゆく光る閃光がドラゴンへと空気を切り裂いて走っていく。
だが。
「グァァァァッ!」
ダークドラゴンの咆哮とともに、ダークドラゴンの前方にドーム状の黒いなにかが展開された。
それは明らかに身を守るための防壁に見えた。
ガルニの雷は、その防壁に防がれ、空気を震わせるような大きな音とともに消滅した。
「姫様、私がこの身に変えてでも守りますぞ! 姫様も身を守る魔法を!」
言われる前に、すでにシュリアは障壁を出現させていた。
光り輝くそれは、文字通り傘そっくりの形をしていた。
シュリアの手から柄が伸び、直径二メートルほどの円形をしている。
姉妹二人だけを守るなら十分な大きさだったが。
しかし、あのダークドラゴンの火炎を、その傘で守り切れるようには思えなかった。
シュリアの頭上のステータスが、ビコンッ! と音をたてて変化する。
●C
▲A
■A
✿A⇒C
★B
このステータス、可変なのか?
ってことはその人間の素質とかじゃなくて、今現在の状態を表すステータスを意味しているのか。
いや、今はそんなことを考えている暇はない。
大きさからして俺とココまでシュリアの傘には入り切らないだろう。
「ガー、ドグルー、カルガダナット、ガグルー」
ドラゴンがなにか音声を発した。
「ドラゴン語ですわ……人間にはまだ解読できていません……」
ココが呟く。
ダークドラゴンが俺たちを睨みながら、大きく口を開けた。
そして、コォォォォォォッ……という音を立てて空気を吸い込む。
「くそ!」
ガルニが再び稲妻をダークドラゴンにむけて放出するが、それもまたダークドラゴンの防壁に阻まれる。
同時に、ガルニのステータスが変化する。
●A
▲A
■B⇒C
✿F⇒ENP
★D
ガルニの✿はEだったはず。俺は案外記憶力はいいんだ。それが一発目でおそらくFになったのだろう。今度はENP、つまり空っぽ……?
じゃあ■は?
いや今は考察している暇はない!
「ココ、俺の後ろへ回れ」
俺の言葉にココは素直に従った。
「救世主様は救世主様ですもの、あんなドラゴンなど一撃で倒してくださいますわ」
そうは言うがな。
俺は、ステータスが見えるだけのただの人間なんだ。
どうしようもなくないか?
トラックに轢かれたのなんて、体感だと一時間前くらいだぞ。
また死ぬのか。
これで死んだらなんのための転生だよ、女神様よ!
「救世主様、はやく奇跡を起こしてくださいませ! 早く、早く!」
ココの焦った声。
くそ。
なにもできやしねえんだよ俺は。
なんの能力もない。
救世主でもなんでもないんだ。
ココは、足元の石を拾ってドラゴンに投げ始めた。
「えい! えい! えい!」
だけどもちろんそれはヘロヘロの投球で、ドラゴンどころか目の前5メートルの地面に落ちるだけだ。
「早く! 早く! 救世主様! 救世主様!」
ココは左手で俺の右手を握る。
すごく冷たい手だった。
「えい! えい! えい!」
左手は俺の手を握りしめ、右手で石を投げ続けるココ。
くそ。
俺に、俺に本当に奇跡を起こせる力があれば……。
あれば!
「グァッ、グァッ、グァッ、グァッ……」
ドラゴンが口を開けたまま喉の奥から声を出す。
俺にはわかった。
あれは笑っているのだ。
なぶっているのだ。
子どもが昆虫をなぶり殺しにして楽しむのと同じだ。
わざと攻撃を遅らせ、俺たちがどんな抵抗をするのかを楽しんでいるのだ。
むかつく。
むかつくなあ。
こういうのは、本当にむかつく。
俺にはわからないけれど、強いものが弱いものに苦痛を与えるのは、本当に楽しいらしい。
そんなの絶対認めたくないけどな。
傘の防壁で必死に妹を守ろうとしているシュリア、そのシュリアの背中にべったりと顔をくっつけてブルブル震えているミラリス、ガルニはその傘を背にして両手を広げている。
自分の身体を盾にして少しでもシュリアたちへのダメージを軽減しようとしているのだろう。
ココはまだ石を投げている。
いや、投げる石もなくなって、いまはもう土を掴んで空中になげつけているだけだ。
ドラゴンから見たらとても滑稽な姿だろうな。
急に激情が沸き起こってきた。
怒りの感情だ。
くそ。
くそ。
くそ。
くそがっ!
俺はドラゴンを左手で指さした。
負け犬の遠吠えにすぎないが。
俺は叫んだ。
「てめえ! ぶっ殺してやるからな!」
その瞬間。
キュイーーーンッ!
という鼓膜を破りそうなほどの甲高い音が鳴り響き。
ココと手をつなぎあっている右手が熱くなった。
俺とココを、ピンク色をした一つの光が包みこんで、そして。
ガコォォォン!
という音とともにココのステータスが変化した。
●E
▲D
■E
✿SSSSS⇒SSSS
★SSSSS
そしてその次の瞬間。
ココがまた土を投げる。
バラバラと地面に落ちるはずだった土。
だが、それらは今まで以上に遠くへ飛び、そしてそこで空中にとどまった。
ゴォン! と鈍い音がしたと思ったら、今度は土の一粒一粒が野球のボールほどの大きさに変化した。
キュインッ!
また音が鳴る。
ココのステータスが変化する。
●E
▲D
■E
✿SSSS⇒SSS
★SSSSS
野球ボール大の、『土の粒だったもの』が、今度は黄金色に光り輝き始める。
ココが、俺の手をしっかり握ったまま、興奮した顔でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
そして彼女は満面の笑みで叫んだ。
「やはり救世主様! 奇跡を起こしてくださった! さあ、救世主様、あのドラゴンをやっつけてください!」
いや、俺はなにもしてない。
え、今いったいなにが起こっているんだ?
ココは紅潮した笑顔で俺を見る。
「さあ、奇跡を!」
キュイン!
●E
▲D
■E
✿SSS⇒SS
★SSSSS
次の瞬間、土くれだったものは、数百を超える光の砲弾となって、ダークドラゴンに向けて、『発射』された。