「そうだ、ニッキー……。ニッキーは?」
シュリアが声を上げる。
ニッキーというのは、あの年老いたメイドのことか。
そういえば、ジュースを作るために屋敷の中にいたはずだ。
「姫様、まずは湖の方へ。村人が集まっております。ニッキーのことが心配なのはわかりますが、まずは村の者へシュリア様がご無事だということを示さねば。村の団結のためにお願いします」
ガルニがそう言う。
「で、でも……」
「領主の務めです。お願いします」
重ねて言うガルニの言葉に負けて、俺たちは湖の方へ向かうことにした。
湖のそばには少し広くなった場所があり、村人たちはそこに集まってきていた。
怪我ややけどをしている者も多くいる。
残念ながら死者も十数人確認された。
だがそれでも思ったより被害は少なかった。
収穫の時期だったので、村人総出で畑に出ていて、ドラゴンの発見が早かったのだ。
すぐさま皆で近くの森の中へ避難したらしい。
村の大半は焼かれ、家は失われてしまった。
戻るところもない村人たちは、お互いの怪我の手当をしている。
「治癒魔法は難しいのよ……私も低レベルの魔法しか使えないの……」
そう言いながら、シュリアも村人たちに混じって怪我人たちの手当をしている。
幸い、村で唯一の薬屋は焼け残っていて、それなりに薬はあった。
俺やココも、やけどをした怪我人たちに薬を塗り、包帯を巻く。
と、そのとき、板に乗せられた一人の怪我人が運び込まれてきた。
「ニッキー!」
シュリアが声をあげる。
その怪我人は、メイドのニッキーだった。
ひと目で、これは助からないと思った。
全身を大火傷していて、着ていたメイド服は殆ど残っていない。
本人は気を失っているようで、かすかに息をしているだけだ。
それに。
頭上のステータス。
●F-
▲F-
■F-
✿F-
★C
多分、Fというのは一番最低に近い値なのだろう。
どれがなんの値を示すのかはまだわからないけど、もう死の寸前だというのはわかった。
「ニッキー! ニッキー! ニッキー! そんな……そんな……!」
シュリアがニッキーに取りすがって泣く。
「ニッキーは姫様のおつきのメイドだったのだ。幼少のときからお世話をしていた……。姫様にとっては肉親同様だろう……」
ガルニは俺にそう教えてくれる。
そして、ニッキーのそばに膝をつき、両手を合わせて祈り始めた。
「テネスの女神よ……この者の魂が安らかに天へ召されるよう、お恵みを……」
それにならって、ほかの村人たちも同じようにする。
「そんな! いや! いやよ! やだ! やだ! ニッキー、死んじゃやだ!」
取り乱して泣き叫ぶシュリア。
そのとなりで座り込んで泣きじゃくるミラリス。
ああ、ここは残酷な世界だ……。
そう思ったとき。
ココが、俺の手をとってひっぱった。
「ん、なんだ?」
「救世主様、救世主様は救世主様なんですもの、きっとこの方を助けられますわ!」
ココはその細い体からは信じられないほど強い力でぐいぐいと俺を引っ張っていく。
そのままひざまずいて、ニッキーの手をとった。
「ニッキーさん! 今、救世主様が来られましたわ! もう大丈夫ですわ! 助けてくださいますわ!」
そんなこと、俺にできわけがない。
俺だってニッキーを助けたい。
でも、どうしようもないじゃないか。
ココが『頭がどうかしている子』というのは、村のみんなが知っているようで、みなココの言葉を悲しそうな顔で聞いているだけだった。
ガルニが静かな声で言う。
「それは無理だ。ここまでの大火傷をなおすなど、首都の宮廷治癒師くらいでなければ無理だろう。奴隷の女、お前もニッキーのために祈ってやれ」
「そんなことないですわ! 救世主様なら、救世主様なら……!」
俺の手を左手で握り、右手でニッキーの手を握ったまま、ココがそう叫んだ。
その瞬間だった。
キュイーン!
またあの音が鳴った。
●E
▲D
■E
✿SS⇒ENP
★SSSSS