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第9話 構文の鍵

「これはまだ名のない都市の物語。」

そう一文を記した瞬間、空が光の筋を描いた。

だが、それは一瞬だった。周囲に広がる沈黙は今も尚、都市を蝕み続けていた。ただ物語を書くだけでは沈黙を止められない。そう気づいた時、沈黙の図書館の書架が再び翔太の前に動いた。鈍い音を立てて開いたその奥から、一冊の黒い書物が現れる。それは本というより封じられた構造だった。その黒い書物には文字がない。だが、翔太にはそれが何かを伝えようとしているのを感じた。それは「記述の構文」ーー物語を形作るための基礎文法が封じられたものだった。ページを開くとそこにはこうあった。



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 《構文暗号 第一式》

 ☌△Λ=∅/名のないものは記述不可

 ⟐→☍:意味の定義は発信側の意志に依存

 ⟁=☋|成立条件:観測者と記述者が一致すること


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一見、意味不明な記号。だが、それは翔太の中に既視感を呼び起こした。彼が最初に街で出会った落書きのような暗号。あれは単なる遊びではなかった。この書架に通じる言語以前の構文の断片だった。


「じゃあ、この暗号を解かない限り、僕の物語は形を持てない?」


ページの裏にはもう一つの文が刻まれていた。


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 《読み手よ、記述は剣であり、楔であり、呪いである。構文なき言葉は、世界を崩す。》


 ---


世界を保つには正しい構文の中で物語を書かねければならない。逆を言えば構文を誤ればーー記憶が破壊をもたらすということ。その時、翔太の足元に小さな震えが走った。図書館の床の一部が沈黙によって喰われ始めている。

急がなければ。

正しい構文を解き、正しく世界を語らねば。ーーこの世界ごと崩壊する。


「思い出せ、最初の暗号を。あれが鍵だったはず。」


翔太はポケットから最初に拾った紙きれを取り出した。

そこにはこう書かれていた。


 ---


 ☋+☌=Λ

 Λ→ΔΔΔ/ただしΔは同一ではない


 ---


「“Λ”って……“言葉になる以前の意志”?

 じゃあ“☋”と“☌”は、観測と記述……?」


彼の頭の中で記号と意味が繋がり結びついていく。記述することはただ語ることではない。意思と観測を統合する行為なのだ。その時、ページが一枚自然に開いた。白紙だったそのページの中央に翔太の手が導かれる。

彼は書いた。



 ☌:私はこの都市を観測する者であり――☋:記述する者である。


紙が光を放つ。

構文が整った瞬間、周囲の空気、空間が安定する。

沈黙が後退し、名前のなかった都市が初めて輪郭を表す。


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あとがき

どうもSEVENRIGHTです。

昨日は投稿できなくてすみません。


コメントといいねをよろしくお願いします🙏




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