「これはまだ名のない都市の物語。」
そう一文を記した瞬間、空が光の筋を描いた。
だが、それは一瞬だった。周囲に広がる沈黙は今も尚、都市を蝕み続けていた。ただ物語を書くだけでは沈黙を止められない。そう気づいた時、沈黙の図書館の書架が再び翔太の前に動いた。鈍い音を立てて開いたその奥から、一冊の黒い書物が現れる。それは本というより封じられた構造だった。その黒い書物には文字がない。だが、翔太にはそれが何かを伝えようとしているのを感じた。それは「記述の構文」ーー物語を形作るための基礎文法が封じられたものだった。ページを開くとそこにはこうあった。
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《構文暗号 第一式》
☌△Λ=∅/名のないものは記述不可
⟐→☍:意味の定義は発信側の意志に依存
⟁=☋|成立条件:観測者と記述者が一致すること
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一見、意味不明な記号。だが、それは翔太の中に既視感を呼び起こした。彼が最初に街で出会った落書きのような暗号。あれは単なる遊びではなかった。この書架に通じる言語以前の構文の断片だった。
「じゃあ、この暗号を解かない限り、僕の物語は形を持てない?」
ページの裏にはもう一つの文が刻まれていた。
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《読み手よ、記述は剣であり、楔であり、呪いである。構文なき言葉は、世界を崩す。》
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世界を保つには正しい構文の中で物語を書かねければならない。逆を言えば構文を誤ればーー記憶が破壊をもたらすということ。その時、翔太の足元に小さな震えが走った。図書館の床の一部が沈黙によって喰われ始めている。
急がなければ。
正しい構文を解き、正しく世界を語らねば。ーーこの世界ごと崩壊する。
「思い出せ、最初の暗号を。あれが鍵だったはず。」
翔太はポケットから最初に拾った紙きれを取り出した。
そこにはこう書かれていた。
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☋+☌=Λ
Λ→ΔΔΔ/ただしΔは同一ではない
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「“Λ”って……“言葉になる以前の意志”?
じゃあ“☋”と“☌”は、観測と記述……?」
彼の頭の中で記号と意味が繋がり結びついていく。記述することはただ語ることではない。意思と観測を統合する行為なのだ。その時、ページが一枚自然に開いた。白紙だったそのページの中央に翔太の手が導かれる。
彼は書いた。
☌:私はこの都市を観測する者であり――☋:記述する者である。
紙が光を放つ。
構文が整った瞬間、周囲の空気、空間が安定する。
沈黙が後退し、名前のなかった都市が初めて輪郭を表す。
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あとがき
どうもSEVENRIGHTです。
昨日は投稿できなくてすみません。
コメントといいねをよろしくお願いします🙏