書架に書き記した未来が、世界に刻まれた。
選んだのは希望だった。
けれど、翔太の胸に残るのは、その他の失った可能性の痛みだった。
そんな彼の前に光が現れる。
古びたロープ、眼には光の残滓。
それでいてその存在は、この世界から少しだけ浮いているように見えた。
「ようこそ。記述者。いや、新たな語り手よ。」
「あなたは……誰ですか?」
「私は“記述者エノク”。語りすぎ、失いすぎた男だ」
その声はどこか記憶の底に引っ掛かるような声だった。
穏やかな口調だが、どこか冷たい。
焚書された書物の灰のような匂いがする。
翔太は身を固くした。
「あなたも、、語ったんですね。多くの物語を。」
エノクは小さく頷く。
彼の手元には開いた本には無数の修正跡があった。
「私は変えてしまった。人の一生、国家の興亡、文明の進化……必要だと思ったからだ。でもーーその先に、語り続けた先にあったのは空虚だった。」
「なぜ??」
「語ることで命は伸びた。けれど、自ら語ろうとするものはいなくなった。全て誰かに指示され決められる。そんな世界などに人は生きていない。」
翔太は言葉を失う。
確かに、彼が選んだあの少年の未来もーーもしかすると、彼自身の意思とは違う回答だったのかもしれない。
「記述とは、選択の強制だ。だから私は沈黙する記述を探している。語らずして導く余白の言語を。」
「そんなの……意味が通じない。言葉にしなければ、届かない」
エノクの瞳が僅かに揺れた。
「それでも語りすぎた果てに行き着くのは沈黙の価値なのだ。お前もやがてわかる。世界は語りすぎによって壊れる可能性があると。」
その瞬間、書架の背後が歪んだ。
エノクがかつて記述した世界、語られすぎ、構築されすぎた死んだ物語が幽霊のように立ち上がる。
そこに住む人々は同じ台詞を繰り返すだけ。
決められた日々を繰り返すだけ。
そこには自由も選択もない、ただ決められた暗黙のみ、自由や選択など微塵もなかった。
「これが書きすぎた世界だ。」
翔太がこの世界に震える。
そしてある質問を投げ出す。
「じゃあ、僕は何を語ればいいですか?」
「自分の物語を、だ。他人を記述する前にお前が自身がまず語れる人間にならないといけない。」
エノクはそう言って書架に向き直った。
そして、翔太の過去の物語を開いた。
だがーーそこには文字がなかった。
真っ白なページ、語られなかった記憶。封じられた痛み。
「お前は、、まだ自分を記述できていない。まずは自分自身を記述しろ。そうすれば語る意味が見える。」
そう言って彼は影と共に去った。
残された翔太は自分の過去の空白のページに手を当てた。
今度は自分のために語る。
誰かの未来ではなく、自分という未来の物語を記述するために。
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あとがき
どうもSEVENRIGHTです。
エノクの言葉は翔太にとってどう刺さったのか。これからの翔太の行動がそれに対する一つの答えになる
コメントといいねをよろしくお願いします🙏