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第2話

 宿屋のような建物の前で少女は立ち止まった。ちょうど戸が開き、太った中年女性が買い物かごを持って出てきた。

「あれ、ジーニアどうしたの? 森に魔石を取りに行ったんじゃなかったの?」

「あ、おばさん。ちょうどよかった。猫ちゃんが捨てられていて。けがをしてるみたいなの」

 そう言って少女はボクを女性に見せた。


「どれどれ」

 女性はそう言って、ボクをまじまじと見詰めた。

「まだ子猫だね。弱ってるみたいだけど、ヒールはかけたの?」

「ええ、でも私の魔法ではぜんぜん足りないみたいで」

「ああ、そうなのね。でも、治したとしてもこの子どうするの? 飼うの?」

「それは……わからないけど、ほっておけないでしょ」

「うーん。まあ、これから悠久の時を生きるあなたにとって、15年そこらの猫の寿命は一瞬かもしれないけどね」 


 ああ、そうか。ここでも猫の寿命は15年ぐらいなんだ。そう思ったが、この状態ではそこまでだって生きられそうもない。


「そんなこと考えてる余裕はないわ。おばさん、この辺に動物専門の治癒師はいない?」

「あ、ああ、そうね。この通りを真っすぐ西に行った町はずれに、ちょっと変人だけど、腕のいい動物の治癒師がいたね。ただ、家畜専門だったと思うけど」

「ありがとう、おばさん。行ってみる。ブルームスティック!」

 少女がそう言うと、空飛ぶほうきがどこからか飛んできた。


「ソア!」

少女がほうきにまたがってそう叫ぶと、ボクを左手で抱えたまま急上昇し、西へ向かって猛スピードで飛び始めた。


「ニャアアアアアアア」

ボクは恐怖と驚きの鳴き声を上げたが、風音にかき消された。下に見える町の外の大地はどこまでも続いている。近くに海はなさそうだ。川もなく、黒い筋が幾本もあるのは大地の割れ目だろうか。異世界であることは間違いなさそうだ。



「あそこね」

ほうきに乗ったボクらは急降下し、地上近くで浮いたまま停止した。

「どうぶつびょういん」

 建物の看板にはおそらくそう書いてある。あれ? なぜこの世界の文字が読めるのだろう。


 トントン。

 少女は入り口にしつらえられた古風なドアノッカーを叩いた。鈍い金属音が響いたが、誰も出てくる気配はない。少女がドアを開けようとしたが、鍵が閉まっているようだ。

「困ったな。不在なのかな」


「誰だ」

ドアノッカーからぶっきらぼうな男の声がした。

「ああ、よかった、ドアに通話魔法がかけてあったのね。あの、けがをしている猫がいて……診てもらえませんでしょうか」

「俺は家畜専門なのだが」

 男の声はさらに不機嫌そうになった。

「それは聞いていますが、ほかに頼れる人もいなくて」

「今、街の外の牧場に来ているんだ」

「ああ、そこをなんとかしていただけませんでしょうか」

「君は何者だ」

「あ、ああ失礼しました。私はエルフのジーニアと言います」

 ああ、やっぱりエルフだったんだ。ボクは異世界に来てしまったことを確信した。

「エルフの魔法使いか。それなら自分で治癒魔法をかければいいではないか」

「いえ、それがその、かけたのですが……なにぶん修業中の身で……」

「死にそうなのか?」

「わかりません。でも、けががひどくて……」

「それなら君が治癒魔法をかけ続けろ。俺はまだ半日ぐらいは戻れない。牧場で牛のお産を診ているからな」

「あ……ああ、はい。お待ちしております」

 少女はそう言うと、ボクを抱えたままドアの前にへたり込んだ。

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