「これは確かにひどいな」
もうろうとした意識の中で、男の人の声が聞こえた。
「お嬢ちゃん、ちゃんとした治癒魔法を施すにはな、患畜の体の状態を把握する必要があるんだ。まずは透過魔法で見てみよう」
「あ、はい」
「そこで見てな」
そう言って男は、ボクの方に両手を重ねて向けた。中くらいの魔法陣が現れ、ボクの頭からしっぽまでを通過した。まるで元いた世界のCT検査のようだ。どうやら猫の姿に戻って「どうぶつびょういん」の中の治療台に寝かされているようだ。
「ううむ。やはりひどいな。まず、肋骨が二本折れて、一本は肺を圧迫してる。肝臓にも損傷があるな。前足は両方ともひびが入ってる。全身打撲もひどい。まあ、即死につながる頭や心臓や頸椎がやられてなかったのは幸いだったな」
「すごいですね。そんなにわかっちゃうんですか」
「そりゃそうだ。わからなきゃ治せないぞ」
「そこまで学校では習いませんでした」
「うん。透過魔法は治癒師を目指す高等学院に入らなきゃ教えてもらえないからな。むやみに使われても困るだろ」
「あ、ああ確かに」
「それとな、お嬢ちゃんのヒール。ちゃんと効いてたからな。肝臓が致命傷になるところだったが、指示した通りかけ続けたんだな。悪化を防いでこいつの命を守ることができた。大したもんだぞ。学校の勉強が役立ったな」
「あ、はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、さっそく治療しよう。まずは肝臓を治そう」
そう言って男はボクの腹に右手を当てた。小さな魔法陣が現れ、ボクの腹の中に消えて行った。この世界では魔法に詠唱は必須ではないようだ。全身の倦怠感は肝臓をやられていたことが原因だったみたいだ。体全体がすうっと楽になった。
「魔法陣が、損傷した部分の細胞を周りの細胞の構造を参考に再生させて、元の状態に戻していくんだ。さて、今度は肋骨と肺だ」
男の手から三つの魔法陣が出て、ボクの胸の中に入った。
「折れた骨を治すにはカルシウムが必要だ。魔法陣はカルシウムを補いながら骨の細胞同士をくっつけて形を元に戻していく。骨折の場合、動物の骨格を把握していないとちゃんと治せないんだ。整形って言うんだけどね」
「ヒールだけじゃやっぱりダメなんですね」
「ああ。大魔導士ならわからんがな。さて、肺の構造はさらに複雑だけど、幸い肋骨は刺さってないから、外側の押された胸膜を元に戻せば大丈夫そうだ」
胸の痛みが引き、呼吸も良くなってきた。
「次は前足だな」
とても小さな魔法陣が二つ出て、ボクの右足と左足に入って行った。
「ひびってのはけっこうやっかいでね。カルシウムを補って細胞を増殖させすぎると骨が膨らんでしまうんだ。ひびが入った部分の骨細胞同士を活性化させてくっつけることをイメージするんだ」
前足のキリキリした痛みも消えていった。
「最後は全身打撲だ。これもほっておくと最悪、毒が回って死ぬこともあるから、ちゃんと治さないとな」
「は、はあ……」
「打撲で損傷するのは皮下組織や筋肉だから、治す魔法手技はぜんぶ同じ。神経はやられていないようだからね」
そう言って男は両手を重ねてボクの真上に大きな魔法陣を出した。魔法陣はゆっくり降りてきて、ボクを中心にぐるぐる回り始めた。全身が温かくなり、次第に痛みが消えていった。安心感からか、ボクは再び眠りに落ちた。