「治癒師様、ありがとうございました。あの、お代は……」
「あ、ああそんなものはいらんよ」
「え、そういうわけには……」
「そもそも捨て猫なんだろ」
「え、あ、まあ……」
「それよりもな、この猫飼ってあげるんだな。オスの三毛猫はノラで生きていくのはいろいろ危険だからな」
「そうなんですか」
「ほとんど存在しない猫だからな。三毛猫はほぼすべてメスで、こいつは超希少種さ。魔物扱いされて忌み嫌われることの方が多いから、誰かに襲われたのかもしれん」
「ああ、それでけがをしていたのでしょうか。でも、草を敷いた箱に入っていたんです」
「ん? それは奇妙だな」
「道端に置かれていたのを見つけたのですが」
「何か裏があるかもしれないな」
「ああ、そう言えば、治癒師様がいらっしゃる前に、不思議なことがあったんです」
「あ、治癒師様ってのはやめてもらえないかな。俺の名前はガルト。しがない動物のお医者さんだ。数百年後には大魔導士になるかもしれないエルフの君とは違って、動物の治療しかできないちっぽけな人間にすぎないからな」
「え、あ、そんなことないです。私、劣等生だし、治癒師様……こんなすごい治癒魔法を習得されているのに……」
「まあ、とにかく俺のことはガルトと呼んでくれ。で、不思議なことって?」
「あ、はいガルト様。実はこの猫ちゃん、言葉がわかるみたいだから話しかけていたら……」
「ああ、言葉のわかる動物はいないことはないがな」
「いえ、そうではなくて……」
「ん?」
「突然、人間の姿になったんです」
「なんだって!?」
「急に男の子の姿に変化して、しゃべったんです」
「それは確かに驚くな」
「でも男の子はしゃがんだら気を失って、猫の姿に戻ってしまいました」
「ううむ。そんな話は長年動物の医者をやっていて聞いたことがないな。でも、お嬢ちゃんが嘘を言っているとも思えんしな。夢を見ていたのではないだろうな」
「あれが夢なはずがありません。はっきり覚えています。彼の小さな……」
「彼の小さな?」
「あ、いやなんでもありません」
ボクは目を覚ましていた。「小さな」はないだろ。ボクだって好きで人間の姿に戻ったわけじゃないのに。
「ンニャ」
ボクは小さく鳴いてみた。
「あ、意識が戻ったのね。お腹が空いているのかな」
「まあ、こういうときはミルクをやるのが一番いいんだが、あいにく切らしちまってる。牧場帰りなのにすまんな」
「あ、お気になさらず。私、錬成魔法はちょっと得意なんです」
「ほう」
「ただ……」
「ん?」
「何もないところから錬成するのはまだできなくて……」
「ああ、わかった。じゃあ、パンを基にミルクを錬成できるか?」
「あ、はい。有機物からのタンパク質錬成ですね」
「おお。すごいな。俺はそんな魔法は絶対無理だ。さすがエルフだな」
「は、はい。なんか自信が出てきました」
「ちょっと待っててくれ。パンを持ってくる」
「はい」
ジーニアが魔法で錬成したミルクをスプーンでボクの舌の上に乗せた。おいしい。何度かスプーンが往復し、ボクは舌でミルクを飲み干した。急に眠気が襲い、ボクはまた気を失った。