※残酷な表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
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悲劇というのは、いつも突然やって来てしまう。
その日、ヴェイル達4人は、朝から集合して南の谷の警備の強化について話し合いをしていた。
その時突然、王宮内に伝達が入った。
「大変です!王宮から東へ10ギガルドル(約10km)の山裾に
「なんですって?…遠すぎる…」
ヴェイルとリュークは目を見合わせた。
瞬間、闇の気配が淡く揺れ、彼らの全身が黒銀の鎧で覆われる。
「転移魔法を使う!アリアとミレーヌも一緒に!」
「はい!」
空間を開く音が響き、4人の姿は魔法陣と共に消えた。
すぐに目的地に着いた彼らは、凄惨な現場に遭遇してしまう。
巨大な個体と少し小柄な個体の
辺りには泣き叫ぶ者と逃げ惑う者がおり、嗅いだことのないようなおぞましい匂いも漂っている。
「こちらへ!」
アリアが真っ先に住民達を庇いながら誘導し、避難をさせる。
その間に長刀武器を召喚し、大きな個体に向けてすぐに戦闘に入ったのはヴェイルだ。
しかし
ミレーヌも同じだった。彼女の振り上げた大斧が弾かれた反動で体勢が崩れる。
怒った
3人は背中を合わせた。ヴェイルが肩越しにミレーヌを見て言う。
「思ったより硬い。補助強化魔法か攻撃魔法を!ミレーヌ、やれるか?」
「はい!」
彼女は大きく頷いた。
再び散開し、それぞれ
ヴェイルは長刀に左手を翳し、闇魔法を掛けた。
「
途端に長刀全体を氷が張って行く様に硬度の高い結晶が覆った。
「ハアアァ!」
気合いと共に
リュークも召喚したデスサイス(大鎌)に左手を掲げ、闇魔法をかける。
「
刃が赤紫の炎に包まれ、常識を超える高温になった。
「ゥラアアアッ!!」
叫びを上げて飛び上がり、
ザン…と音がし、彼の着地と共に
「
ミレーヌが自身の前に光の剣を召喚する。
「行け!」
彼女の声でそれは
「やるなぁ」
ミレーヌの戦いを横目で見ながらリュークが言う。
もう一体の竜もヴェイルとの連携技で叩き斬る。
「後1体!アリア!そっちへ行ったぞ!」
アリアに向かって走る
「うっ!」
不意に彼の背中に2本の矢が刺さった。
いつの間にか2人の敵が現れていたのだ。
リュークは衝撃で弾ける様に飛ばされながらも、振り向きざまに片手で2本の小刀を投げる。
「ギャアッ!」
「うぐっ!」
背中を庇って右肩からドサリと地面に落ちた彼の視線はすぐに、小刀が胸に当たって倒れ込む見慣れぬ服装の人物と、同じ服装で右腕から血飛沫を上げている者を捉えた。
負傷した者は顔を歪め、傷を抑えて召喚した魔法陣の中に消えた。
「…逃したか…」
「リューク様!」
ミレーヌが駆け寄って矢を抜き回復魔法を掛ける。
「大丈夫だ…そこまで深くは刺さっていない…」
「でも、こういうのってたいてい
「えっ!?」
リュークが蒼くなる。
「アリア!」
ヴェイルの叫ぶ声を聞いて、2人はそちらを見た。
「あ…」
立ち尽くしている
「どうした?早くそいつを!」
リュークが叫ぶ。
―ドウシテ…イケナイノ…
アリアの耳に、いや『直接頭に響く様な』
「アリア…どうしたんだあの子…」
ミレーヌからの治療を終え、半身を起こしたリュークが心配そうに見る。
「アリア、その
ヴェイルが言う。
「ヴェ…イル兄様…変なの…私、き、聞こえるの…」
アリアは全身が震えて上手く喋れない。
こんなにも歯がカタカタと小さく音を立てて噛み合わないのは初めてだった。
―タベルモノ…タベル…オナカ…スク…ナゼイケナイ…
尚も
彼女は今まで薄々と気付いていたのに見て見ぬふりをして来た、自分についての違和感を改めて感じていた。
同時に信じていた物が崩れて行くような、様々な感情が大きく波打って心の中を掻き乱す感覚を覚えた。
「アリア様ーっ!そいつを…そいつを殺してくださいぃ!あああっ!」
喰われた子供の遺体の一部を抱き締めて号泣していた父親が、鬼の形相で彼女を見て叫ぶ。
アリアは恐ろし気に戸惑いその人物を見て、また
ヴェイルはじっと彼女を見ていたが、つとそちらに歩き出した。
「あっ!」
ミレーヌが声を上げる。
そのままクウウクウウと弱々しく鳴いて、こちらに向かって来る彼を見ていた。
ヴェイルは数歩前で止まり、硬化状態のままの長刀を構えた。
「斬れないならそこを退くんだ」
彼は重い声で言う。
―タスケテ…
「待って、ヴェイル兄様…この竜は…私に助けを…」
「…退け」
ヴェイルが更にその場で左脚を出し、姿勢を落として両手で持った長刀を顔の高さまで上げて構える。
「で、でも、本当に聞こえるの!何故だか分からないけれど、私に…私の中の何か…に…」
皆が固唾を飲んで見守っている。
「アリア。君はどの国の勇者なんだ?」
「え?」
「そいつらにどれだけの人が喰われたと思っている」
「…」
アリアは怯えた様に周りを見た。
目を背けたくなる様な、言葉を失うほどの損傷を負った遺体が何体も横たわっている。
そしてその遺体に縋り付き、泣き続けている者もいる…。
「あ…ああ…」
答える事が出来ないアリアを見て、ヴェイルは姿勢を直して立ち、諭す様に言った。
「君はこの国の人に寄り添うんじゃなかったのか?皆んなを笑顔にして欲しいとも言っていた。…そいつを野放しにしたら、さらに犠牲者が増えるのは分かっているはずだ」
「…う…」
彼女は
彼はアリアの様子を黙って見ていたが、暫くすると武器強化魔法を解き、長刀を鞘に納めた。
そのまま無言で近付いて行く。
もはや竜は彼女の後ろで怯えたまま、何も抵抗しては来ない。
―ど、どうしよう!
アリアがギュッと目を瞑った時、ヴェイルの右手が彼女の横を過ぎて
彼の顔が冑の中で一瞬哀しそうに曇ったが、静かに詠唱した。
「…
次の瞬間、
そしてそれは重力に従い、地面にサラサラと新雪の様に降り積もって行く…
アリアは恐ろしさに目を見開いて震えたまま、その場にしゃがみ込んだ。
―その横でヴェイルは何も言わずに佇み、やがて風に砂がさらわれて行く様をただ見つめているだけだった。