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第25話 ヴェイルの枷

【前回までのあらすじ】


ツガンニアによってヴェイルはアリアの目の前で胸をエルフの剣で貫かれ、絶命したと思われたが、リュークを呼び付けウーヴルを殲滅し、自分は気を失い生死の境を彷徨う。

しかし事前に母パトラクトラに掛けて貰っていた術で蘇生する事が出来た。

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「アリア……起きてアリア」


 ヴェイルはまだ立てそうになかったので、ベッドに座ったまま口に手を当て眠っているアリアに声を掛けた。

 彼女はピクリと反応し、目を覚ました。眠そうに目を擦りながら顔を上げてヴェイルを見る。


「……あ……」

 瞳からみるみる涙が溢れてくる。


「ヴェイル!良かった!」

 アリアはそう言うと飛ぶ様にベッドサイドまで駆け寄り、膝を付いて彼を見上げた。


「本当に……本当に生きてた!また声が聞けた……良かった……」

そして下を向き目元に指を当てて

「……良かったあぁ……」

としゃくりあげた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……私の妖魔力のせいで」

「……いや、こっちこそ……君にあんな怖い思いをさせる事までは考えてなくて……ごめん」

 ヴェイルが困った様に言う。


 彼女は首を横に振る。

「ううん……あなたはツガンニアの心を受け止める為にああするしかなかったのでしょう?」


「結果的に……また君の家族だったかも知れない人を……」

「いいの。あれは……運命だったのよ……」

 アリアは顔を伏せ、また暫くの間泣いた。


 彼は堪らなくなって彼女の髪に手を触れようとした。グローブを見て一瞬止めたが、そのままの手でそっと柔らかい金髪を撫でる。


「グローブ…?」

顔を上げたアリアが不思議そうに聞く。


「ああ、これね……」

 ヴェイルが手を寄せて来て両手を眺める。

「今回みたいにほぼ魔力が無くなって制御出来なくなってしまったら、出て来てしまうんだ」


 彼が右手だけグローブを外す。

「アリア、そこのコップ取ってくれる?」

 ヴェイルがベッドサイドの机の上にあった水差しとコップを見て言う。


 アリアが言われた通りにコップを取って差し出す。

 彼が右手でそれを持った。

「見てて」


 数秒後、コップが音もなく霧と変わり、消えてなくなってしまった。


「……あ!」

 彼女は目を見張った。驚いて言う。

「これは……霧爆ミグラスでもない……術式も魔法の気配もないのに何故?」


「『霧散ディマスプリド』全ての物質を水の分子に換え、霧の様に消滅させる魔法だ。俺は魔族の王族には珍しく、生まれ付き水性質の魔力が強くて、特に体質で……常に手から微弱な『霧散ディマスプリド』の力が漏れている。

 普段は無意識に抑えていられるんだけど、制御できなくなると、一気に発動してしまう……魔力ゼロの今はどうしても出て来てしまうから、こうやって魔術通過阻害グローブを嵌めて外に漏れ出さない様にしているんだ」


「……じゃあ、いつも軍事用グローブをしているのも……その理由からなの?」

 アリアが以前から気付いていた疑問を投げ掛けた。


 ヴェイルは苦笑した。


「うん。ただのグローブを付けているだけでも『気を付けないといけない』って思えるからね。この力がはっきり出て来たのは4歳か5歳くらいかな、ある時から……遊んでいて拾った木の実や葉っぱ、綺麗な石なんかが、持って帰るまでに次々に霧になって消えて……

 それから、蛍光蝶や灯りトンボなんかの虫達まで消える様になってしまって……俺より魔力が少ない物は、生きている物さえ消えてしまう事に、恐ろしくて泣いて過ごしていたんだ」


 彼女は黙って聞いている。


「母が毎朝毎朝手を握って、魔法抑制ルトゥニを掛けてくれた。それでなんとか過ごしてみても、また次の日には出て来てしまう。酷い時には朝起きてみたらベッドごとなかった事もあった。

 リュークの父親がナザガランの有名な武器鎧職人なんだけど、俺が不自由だろうって事で魔力を弾く性質を持つ希少な魔獣、カトル山羊の皮に更に制御魔力を練り込んで開発してくれたのがこれなんだよ」


 彼はまだ身体に負担が掛かるのか、ふうと一呼吸置いた。

「……これがなかったら生活もままならなくて。でも、6歳ぐらいから常にコントロール出来る様になって、普段は気にしなくても良くなった。

 大きくなった今でももしもの時の為に用意はしてあったんだけれど、それが……今役に立ってるって所かな」


 ヴェイルはふわりと笑い、グローブを嵌めた手を振って見せた。


「あなたにそんな事情があったなんて……」

 アリアが目を伏せて言う。彼が続けた。


「ウーヴルの里に行く前の日、君は俺に小さい頃に自分の妖魔力を吸収してくれたのは何故だったのか聞いたよね?……あの時は言い出せなかったし……少し失礼かなって思ったんだけど『制御出来ない力が溢れて困っている』所が俺と同じだったからだと思う。

 俺も周りの人に助けて貰ったから、あの時、出来る事ならアリアの妖魔力を吸い取ってあげたいって思ったんだ」


「ヴェイル……」


 2人は黙ってしまった。

 ヴェイルの優しい眼差しがアリアを見つめる。


 静かな時間が流れていたが、やがて彼女が立ち上がり、彼に近付いた。

 ……アリアはヴェイルにその手で触れたくなったのだ。



 その時、部屋の扉がノックもなしにバーンと開いた。

 アリアは驚いたようにベッドから離れ、椅子に腰を下ろした。


「ヴェイル。目、覚ましたんだって?……って、邪魔したか?」

 勢いよく入って来たリュークが2人の様子を見て行った。


「いや、いいよ。あの時は来てくれて助かった。ありがとう」

 ヴェイルが微笑んで礼を言う。

 アリアの顔が赤くなっているけれどどうしたのかなとは思ったが。


「だろ?オレは頼りになるんだよ」

 リュークが得意気に言った。


 こうして起きて話すヴェイルを見られた事が泣きたくなる程嬉しかったが、努めていつもの調子で話す。


「実はだな、いつもいつもカッコつけてて実際カッコイイお前の、またとない弱って寝込んでる可愛くて情けない姿をコイツに録画したんだよなぁ」

と、小さな四角い装置を取り出してみせた。


 掌に収まるほどの月長石で出来た青白い光沢を持つ装置で、側面には記録や再生を制御する古代エルフ文字が淡く光っている。

 その一文字を押すと装置は素早く反応し、空中に映像を投影した。


 静かに眠っているヴェイルの姿がそこにはあった。

「ええ?これ、俺?恥ず……」

 ヴェイルが思わず声を上げる。


「うわ……可愛……あっ、いえ、リューク様!肖像権の侵害ですからっ!」

 アリアが言い掛けた言葉を飲み込んでリュークに抗議する。


 彼が少し困って返す。

「そう言うなよアリア。コイツ本当に人前で寝ないから貴重な機会でさ……」


「リューク」

 ヴェイルが口を挟んだ。そしてなるべく穏やかな口調で続ける。

「珍しい装置だな、それ」


「そうだろう。動画関係の魔法が使える術師がタイカーシアから行商に来てたから、作って貰ったんだ」

「ちょっと俺にも見せてくれ」

 彼が右手のグローブを外して手を出す。


「おお。いいぞ」

 リュークが言われるままに渡す。


 —―あ。

 アリアが何か言う前に、その装置は霧になって消えた。


 リュークが叫ぶ。

「あー!!お前っ、今何をした?!何もなくなったぞ?怖っ。魔法使えないって聞いてたから油断してた!」


 ヴェイルが無表情のまま目を細めて

「俺の情けない姿を録画したお前が悪い。なんなら今……このまま手でも握ってやろうか?」

と言いながらゆらりと右手を彼に向けた。


 リュークがビクリとして全身で後退りをする。

「ひぃ!いいですごめんなさい陛下、遠慮します!!」


 彼は怯えてしまい、ヴェイルがまたグローブを嵌めるまで怖そうに見ていた。

 呆れた顔をしていたアリアがその内クスクスと笑い出し、リュークも笑って彼のグローブを嵌めた手を珍しそうに触った。


 ―—ヴェイルはリュークに手を弄られながら、会うまではあの時壊れかけた彼にどう謝ろうかと考えていたのに、大丈夫だぞとばかりにふざけ飛ばしてくれた事に心の中で感謝をしていた。




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