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第26話 トラフェリア国王女ミレーヌ

 数日後、すっかり元に戻ったヴェイルは一般兵の鎧を身に付け、屈み込んでアリアの顔を覗き込んでいた。


「うん、やっぱりナザガランにいるだけで妖魔力が出てくるね。瞳も少し赤いな」

 彼はそう言って背を伸ばした。

「苦しくはない?」

「はい」

 アリアが答える。


 ヴェイルが自分の腰に両手を当てて言う。

「苦しくないのならこれからはその力も無理に抑え込まずに、自分の身体の中に留めて妖魔力として使える様にして行こう。毎日少しずつでいいから受け入れて行くんだ。

 使いこなせたら『エルフの剣』に変換出来る。ツガンニアを見て思ったが、詠唱なしで武器化出来る能力は強い。勿論光魔法も改めて入れて貰って使おう」


「……ヴェイルはあんな状況でよくそんな分析が出来たわね……魔王様だから…?」

 彼女が驚いて言う。


 彼は少し黙り、申し訳なさそうに言った。

「ごめん、辛かっただろうに、つい……」

「あ、ううん。いいの、大丈夫」

 アリアが頭と共に手をヒラヒラと振る。


「……基本的にはアリアは光属性魔法を使って来たから、トラフェリアに着いたら光魔法もハウエリア様と……ミレーヌに……」

 ここでヴェイルは何かに気付いた様に下を向き、顎に手を当て考え込んだ。


「ヴェイル?」

 彼女が不思議そうに聞く。

「あ、いや、なんでもない。そろそろ行こうか」

 彼はそう言うと、鎧の冑を被ろうとした。


「ちょっと待て、ヴェイル」

 横からリュークが言う。


「今、お前は『死んだ魔王』だから一般兵の格好でトラフェリアに行こうとしてるけど、傀儡のハウエリアの前で冑上げられたらどうするんだ。面は割れてるだろ?」

「あー、じゃあ認識阻害魔法で別人の顔にして……」

 ヴェイルがそう言いながら自分に術を掛けようとした。


「更に待て。ステイ。お前は何をやってもイケメンにしかならんからオレが掛けてやる。凄く不細工にしてやる」

 リュークが少し意地悪そうに微笑んで言った。


「いいぞ。頼む」

「お前……よくも無邪気に……」

 彼はニコリと笑って頼んでくるヴェイルに向けて手を翳す。


 暫くして地面に四つん這いで突っ伏しているリュークの姿があった。

「……なんか可哀想でムリ」

「ええ。結構カッコいいですね。本当に別人」

 顔が変わったヴェイルの姿を見て、アリアが喜んだ。


「じゃあ、行こうか」

 彼は冑を被って言った。


 リューク、ヴェイル、アリアの3人は、虹馬アルカンシエルに乗ってナザガランを離れトラフェリアに向かおうとしていた。


 『親善外交特使として単身ナザガランを訪れていて、魔王追悼の為に暫く滞在していた勇者アリア』を送り届ける為だ。


 今回はリュークが先導者として、ヴェイルが供の兵としてアリアに着いて行く。

 トラフェリアに駐留させていた魔王軍も、ウーヴルの脅威がなくなった為引き上げさせる名目もある。


 リュークは、トラフェリアで軍の指揮を執っている最中にヴェイルの転移魔法陣で呼び出されてしまったが、間に合わず彼は死に、そのまま残って身内の従兄弟として葬儀に参列したので来国が今になった、と言うことになっている。


「どうして転移魔法陣で、こっそりトラフェリアのお母様の潜伏先に行かないのですか?」

 アリアが聞く。

「傀儡のハウエリアが闇魔法の魔法陣展開に気付くかも知れないだろ?アイツは実質シュダークだからなあ……」

 リュークがうんざりした様子で話す。


 ナザガランとトラフェリアは隣国であり、国境近くに帝都がある事もあって、さして遠い位置にはない。彼らは昼前には城門前に到着した。


「お帰りなさい。アリアをありがとうございました。」

 傀儡のハウエリアが出迎えて言う。

 その横に艶やかな金髪を靡かせ碧い瞳で立つ王女がいた。孔雀色のドレスを身に纏っている。


 3人は一瞬驚いて止まってしまう。

「お帰りなさい。我が妹アリア」

 王女は静かに言った。彼女は本来の姿をしたミレーヌだった。


「……只今戻りました。お母様。お姉様」

 どう言うことかもハッキリしないまま、アリアは形式上のお辞儀をして言う。

 傀儡のハウエリアはもう、アリアに『お祈り』はしない。


 ミレーヌが彼女を一瞥して

「妖魔力が強くなって来ていますね。後ほど部屋にいらっしゃい」

 と言った。氷の様な冷たい声だとアリアは感じた。


 更に続けて、

「魔族の方々、お送り有難うございました。軍の駐留地はここから西約2ギガルドル(約2km)の所にあるエウリ村です。そちらの方にお越しください」

とリュークとヴェイルに言う。


「……分かりました。本日までのご配慮にナザガラン国より御礼を申し上げます」

 リュークが慎重に応える。

 彼とヴェイルがアリアを置いて虹馬アルカンシエルを動かそうとすると、ミレーヌは書簡を差し出して言った。


「これを。お世話になった我が国からお礼の品々が書いてある目録です。駐留地で『必ず』ご確認ください」

「有難うございます」

 リュークが受け取り、供の兵であるヴェイルと共に城門を抜けて行く。


 彼らの姿をミレーヌは振り返りもせず佇んでいた。

 そして戸惑う様に立ち尽くすアリアに、周りには分からないぐらいのほんの小さな目配せをした。




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