ミレーヌが言ったエウリ村の魔王軍駐留地に着いたリュークと、認識阻害魔法を解いたヴェイルは兵士達に歓迎された。
「ヴェイル様!やはり生きておいででしたか!良かった」
「急な国葬に驚きました。我らには密かに伝達はあったのですが……ご無事なお姿を拝見するまでは不安でした」
「我らの魔王陛下が負ける筈はないですよね」
「ウーヴルの殲滅、おめでとうございます」
彼らはヴェイルに群がり、口々に言い合った。
「ありがとう。心配掛けて済まなかった。留守をよく守ってくれた。皆での
彼が労いの言葉を掛けるので、兵士達は暖かい気持ちに包まれた。
「あの、仰っていた様にルガリエルから結界の補助として光魔法が供給されて来ていたのですが、やはり強大な力でした。もしあの力が戦闘魔法に変換されたなら、トラフェリアはあっという間に制圧されてしまうと思います」
一人の兵士が言う。
「トラフェリアには強力な光魔法を使える者は数人しかいないのですが、比べようがありません。供給源となっている『ユガドの樹』とは一体なんなのですか?」
「それは俺も知りたい」
リュークが口を挟む。
「うーん、ハウエリア様ならご存知だろうか……」
ヴェイルも首を傾げる。
「そうだ、書簡」
リュークが言う。
ヴェイルと彼は駐留地のベースに入り、ミレーヌから受け取った書簡を机の上に広げてみた。
それはなんの変哲もない贈答品目録だった。
「どう言う事だ?」
リュークが不思議そうに言う。しかし、書簡の下の方の余白に不自然に押されている封蝋に気が付いた。
外した方の封蝋も見て何かに気付く。
封蝋は同じ絵柄だが、出ている面と凹んでいる面が逆だ。僅かだが魔法の気配もする。
「これは……
彼は封蝋を持ち、上から合わせてみた。柄が合いカッチリと嵌る。
すると書簡の余白にじわりと文字が浮かび上がった。
『わたくしは3日後に献上される事が決まりました。母の別城でお会いしましょう。その駐留地北端の塀の双月の紋章の右に2、上に5の位置にある石版に魔法陣が貼り付けてあるのでそこからお入りください。夕刻にはアリアを連れて参ります。 ミレーヌ』
ミレーヌからの伝言だった。2人が読み終えた頃、それは跡形もなく消えた。
ヴェイルとリュークは顔を見合わせる。
約束の時間までに軍の撤退の準備を終え、兵士達に明日の出立に向けて休む様に伝えてから、2人はそっと北端の塀の元に行き魔法陣を探した。
書かれていた場所にあった魔法陣に触れると、それは音もなく広がり彼らを包み込んで消えた。
現れた場所はハウエリアの別城内のホールである。
「……遠隔自動操作魔法陣で2人の転送……位置も正確だ。腕を上げているな、ミレーヌ」
リュークが呟いた。
「遺伝から考えても、更にハウエリア様の時を止める魔法、
ヴェイルも感心して言う。
辺りを伺っていると、程なく別の魔法陣が現れ、中からミレーヌとアリアが飛び出して来た。
「ふう。なかなかスリルがありましたわ」
ミレーヌが言い、ヴェイルの顔を見て更に続ける。
「アリアに聞きました。お供の兵がヴェイル様でしたのね。偽物のお母様の側にいるしかなかったので情報が入らなくて……亡くなったとお伺いして、わたくし、かなり泣きましたのよ…?」
「ああ……本当にすまない……」
彼は縮こまって申し訳なさそうに言った。
「ほんっとコイツはさ……賭けに対する代償がデカいんだよな」
リュークが腕を組んで文句を言う。
そんな2人の様子を見て、ミレーヌは初めてにっこりと笑った。
「でも、ご無事でこうしてお会い出来て嬉しいです。それに、ナザガランでは妹が大変お世話になりました」
「妹……」
リュークが言った。
「ええ。ルガリエルから、ウーヴルの脅威がなくなった為に実は今まで隠されていた本当の王女がいたなどと理由を付けて、公に出る様に言われましたの。ですから正式に王女として出て来てしまいました。アリアとは姉妹だったという事になっています」
彼女が不安げに俯いて続ける。
「とにかくわたくしが欲しい様なのです…。今は常に傀儡のお母様からの監視が付いていて息苦しくて……書簡にこっそり伝言を仕込むだけで精一杯でした」
「いや、あれはとても自然な流れで良い伝達方式だったと思うぞ」
「そ、そうですか……」
リュークが褒めると、ミレーヌはそう言って恥ずかしげに胸元に手を添えて微笑んだ。
「ヴェイル、聞いたよね?私達念願の王女姉妹になったの」
アリアが嬉しそうにヴェイルに報告する。
「良かったな、アリア」
彼も釣られて笑い掛ける。
「いや呑気だな。献上の件で話し合うんじゃないのか?」
リュークが言った時だった。
「いらっしゃい。お待ちしてましたのよ」
本物のハウエリアが歩いて来て4人を出迎えた。
「お母様!只今戻りました!」
アリアが抱き付く。ハウエリアはしばし彼女を抱き締めて髪を撫でた。
「お帰りなさい。わたくしの可愛い娘」
……彼女はそれ以上の事は何があったかも聞かなかった。
5人で部屋に篭り話をする。
まずはハウエリアがルガリエルの現状を話す。
「今の所、わたくしが生きている事は知られずに済んでいる様です。その代わりルガリエルからの情報も受け取りにくくなってしまいました」
「駐留中の我が軍によると、ユガドの樹からの魔力供給量が凄まじいとの事、これを戦闘魔法に変換された場合の対処は難しい、とも言っていました」
ヴェイルが答える。
「やはりそうですか。ルガリエルからは昨今のトラフェリアの在り方に付いて何度も進言を受けて来ました。特にシュダークは、やはり人間の国を支配下に納めようと考えている様子です。
今はユガドの樹により絶対的な力の差がありますので、対抗馬を持たない我が国としては……本当にどうしたらいいのか……」
ハウエリアはため息まじりに話す。
リュークが質問した。
「そもそも『ユガドの樹』とは何なのですか?あの巨大な魔力供給システムはいつからどうやってかの国に出現したのでしょうか」
彼の質問に、ハウエリアは顔を上げてじっと見つめ直して答えた。
「魔族国ナザガランでは、カトル山脈最高峰ウーアザーガの西に広がる地にある古代遺跡の研究は進んでいますか?」
「古代遺跡……ですか…私では管轄外ですので、何とも……」
リュークが困ってヴェイルを見る。
「ナザガランでは研究要職にはタイカーシアのダークエルフ達に就いて貰い、協力をお願いしています。しかし主にウーアザーガでの
彼の返答にリュークは『え?聞いていないが?』という顔をした。
「そうですか。古代遺跡の事はトラフェリアでも研究者はいません。ですが、どうやらシュダークは30年程前にある人物から種を受け取ったそうです。それは古代遺跡から発掘された巨大なユガドの種でした。
種はみるみる大きくなり、今の様な直径30ガルドル(約30メートル)高さ200ガルドル(約200メートル)にもなりました。
その樹には失われた文明の力が宿っているのでしょう、魔力を集めて発散させる機能が付いていまして……今はその樹の根元に棺を並べ、ハーフハイエルフ達をほぼ冬眠状態の様にして眠らせ魔力を吸い取っているのです」
ハウエリアはそう言うと眉を顰めた。
「とにかく……」
リュークが口を挟んだ。
「古代遺跡からの何とかはともかく、目的を絞ってみましょう。1つ、ミレーヌ王女は献上しない。2つ、人質に取られているハーフハイエルフ達の救出、3つ、ユガドの樹は国力均衡化の為に破壊する……」
「シュダークには死んでもらう」
ヴェイルが継ぎ足した。
「4つ、シュダークは抹殺……って、かなり強いんじゃないのか?あの王は」
「強かろうが何だろうが、ウーヴル達をそそのかして俺を殺す様に言った奴だ。赦す理由はない。あの時たまたま心臓を狙われたから今ここにこうしていられるけれど、もし首を刎ねられていたとしたら……」
彼はあの時の事を思い出したのか、ふと表情が曇った。
アリアも思い出して下を向いてしまった。
「で、ですが……一体どうやって?」
ハウエリアが聞く。
「そ、それが……ですね……」
ヴェイルが急に言い淀んだ。
☆☆☆☆
「ええー!?」
彼からの提案を聞いた皆は驚き、リュークは目を丸くした。
ヴェイルは頬をやや染め目を瞑って下を向き、膝の上に両手を乗せて握りしめている…。
「……分かりました」
やがてハウエリアが静かに言った。
そして立ち上がり、ヴェイルの前に跪き、彼の右手を取った。
「トラフェリアの未来を……お願いします」
ミレーヌも同じ様に立ち上がり、跪いて彼の左手を取る。
「ありがとうございます。ヴェイル様」
「いいなあ……私も手を握りたい……」
2人の様子を見ていたアリアがポツリと言った。
呆れた様に肘を付いて座っていたリュークが、左手をひょいと彼女に向けたが、すぐにピシャリと弾かれてしまった。