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第28話 献上された姫

【前回までのあらすじ】


目覚めたヴェイルはアリアに自らの体質である力の枷について告白する。

敵を油断させる為に世間的に大々的に国葬を行い自分を『死亡した魔王』として印象付けたヴェイルは、今回の事件の首謀者であるルガリエル国王シュダークを倒す為、リュークとアリアと共に顔を偽装しトラフェリアに入国する。

本物のハウエリア女王、ミレーヌとも合流し、ミレーヌのルガリエル国への献上について話し合いをするが、その時のヴェイルは1つの提案をする。

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 その日、ミレーヌは真紅のドレスを選んだ。

 丁寧に幾重にも折り上げられた布地は光を柔らかく反射し、身に纏うと見る者すべてを魅了した。


 そこに、控えめながら品良く宝石が散りばめられたネックレスを掛け、踵に蛍光蝶の装飾が施されたハイヒールを履いた。

 それは、国を出る彼女をこの上なく優雅に引き立てていた。


 ウーヴル討伐後より身分を明かし、ルガリエルに献上される事が決まっていた彼女には、もう認識阻害魔法は必要なく、生まれついての艶やかな金髪と形の良い碧い瞳を皆に見せる事となっていた。


「ではお母様、行って参ります。今まで育てて頂いて有難うございました。『トラフェリアの栄光の為に……』」

 繊細なレースで作られたグローブを嵌めた手で、ドレスの裾を少し上げ深くお辞儀をしたミレーヌは、ハウエリアに別れの挨拶をした。


 そしてルガリエルの使者が待つ竜馬車に乗り込んだ。


 ルガリエルに到着し、シュダークの元へと通される。

 彼女は気品高く静々と歩いて行く。その場にいた誰もが静まり返って眺めてしまうほど、それは上品で艶やかな姿だった。


「よくぞ参られた、ミレーヌ姫。この日を待ち望んでいたぞ。近くに来て顔を上げると良い」

 彼は上機嫌で、お辞儀をしているミレーヌに声を掛けた。


「はい……」

 彼女は一瞬戸惑ったが、彼の近くまで歩いて行った。


「……背が高いな。その様な高さであったか?」

「本日の為に新調しましたハイヒールが高いものですから……」

 彼女の身長はシュダークより少し低い程度だった。


「……そなた……」

 シュダークは彼女をじっと見つめた。

 ミレーヌは少しはにかみ、彼を見つめ直した。

「なんと美しい……我が国に来てくれて感謝しているぞ」


 シュダークは大満足で彼女の手を引いた。

「これから、まずはそなたの魔法力がどのくらいか見させてもらう。国を見物するのはその後でもよろしいか」

「……はい」


 彼は側近を下がらせ、自分の部屋にミレーヌを案内した。


 しかし、誰もいなくなったのを見はかると、彼女をいきなり大きなソファーに向けて強く押した。

「あっ!」

 突然の事に勢いで座面にぶつかってしまう。


「な、何を……」

「言っただろう……お前の光魔法を見せるのだ」

「え…?」

「お前に相応しいユガドの根の位置に棺を用意してやる。お前はその中で眠り、大樹ユガドに光魔法を吸われ私に貢献するのだ」

「そんな恐ろしい事を…!そこに入れられた者はどうなるのですか?」


 シュダークは不気味にフフと笑った。

「永遠に眠らされ、私に魔力供給をし続ける」


「何ですって?あなた……何が目的なの…?」

「目的?トラフェリアの支配に決まっているだろう。あの国は力もないくせに自由にやり過ぎた。本来ならば下の立場なのに、貿易でも対等を強いてくる」


「それは……我がトラフェリアの当然の権利だからでしょう?」

 強く言いながらも、ミレーヌはそうっと座り直した。


「おおっと!」

 彼女の動きを察知して、彼は華奢なその両腕を力一杯掴んで持ち上げ、そのままソファーに押し付けた。

 ああっと言う小さい声が上がる。


 そして怯えて背ける顔に自分の顔を近付けて言う。


「私から逃げられると思うなよ?今からお前の胸にユガドの種を植え付けてやるからな……眠らせてある娘達の胸に仕込んである品と同じ物だ。種と言っても私の術で似せて作った物だ。逆らったら芽が伸び命を奪う。お前の母、ハウエリアの心臓にも入れてあっただろう。私が死なない限り、彼女らの身体から取れることは無いのだよ」


「で、では……あなたがお亡くなりになったならばユガドの種は跡形もなくなるのですか?」

「ふ。そう言うことだ。だが魔王ヴェイル=ヴォルクリア亡き後、私を倒す事が出来るものなどこの世には居なくなったのだ」


「何故……魔王ヴェイル様を『暗殺された』のですか?」

 ミレーヌがグッと腕に力を入れる。しかし動かない。光魔法の拘束でも掛かっているのだろうか。


 シュダークは勝ち誇った様に言う。

「あのユガドの樹の種を私にくれた者が、最近また現れて言ったのだよ。『魔王ヴェイル=ヴォルクリアの死を差し出せ、さすればお前の望みを叶えてやろう』と。今頃墓でも漁っているんじゃないか?」


 ミレーヌが痛みに耐えながら聞く。

「種を授けた方がおられるのですか……一体誰なのです?その者は……」

「知らん。だが遺跡に関係している事だけは分かっている」



「……そうですか」

「…?」

 急にシュダークはミレーヌの雰囲気が変わった事に気付いた。


 彼女は伏せていた顔をゆっくりと上げる。……認識阻害魔法が解除された。


 金髪が短い漆黒の髪へと変わり、碧い瞳は黄金の虹彩へと変わった。右目の下には王家の紋章がくっきりと浮かび上がっている。


 シュダークは驚いて飛び退いた。

「き、貴様っ!魔王ヴェイル=ヴォルクリア?そ、そんな馬鹿な!」


「……この世に舞い戻って来たんだよ。『お前を殺す』と言う用事があってな」


 そこに居たのはヴェイルだった。

 シュダークが思わず言う。

「……貴様、それが本当の素顔なのか?!……う、嘘だ…美麗過ぎる。ドレスが物凄く似合っているぞ…?」

「なっ……う、うるさい!」

「どうやって光属性の国に入って来たのだ、お、お前は……闇……」


「気付いたんだよ。アリアの体内に光属性の魔法を入れる事が出来るって事は、俺の体内にも入れられるって事にな!」


 彼の右拳が光る。

「シュダーク!お前を魔王ヴェイル=ヴォルクリア暗殺首謀者として断罪する!」


「……ま、待て……待ってくれ!」

 ヴェイルは拳でシュダークに殴り掛かった。

「光属性魔法版『霧爆ミグラス』!!」


 詠唱と共に辺りが明るく光り、シュダークは時が止まったかの様に瞬時に霧となって消えた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ―—同じ頃、トラフェリアでは玉座に座る傀儡の女王ハウエリアが突然石像に変わり、驚く皆の前でゴトリと床に倒れ粉々になってしまっていた。


「ハ、ハウエリア様?!」

 その場にいた側近や長老達が騒つく。

 常に側にいる様に言われて付いていたアリアは皆に告げた。


「皆さん、落ち着いてください。これは……ルガリエル国王シュダークが自分の言う通りに動かせようとしてすり替えた偽物の母です。私はずっと監視されていました。大丈夫です。本物の母を呼んで来ます」


 彼女はそう言うと、急いでハウエリアが隠れている別城に向かった。


 ハウエリアとミレーヌ、リュークがいる部屋に入ると叫ぶ様に伝える。

「お母様!傀儡人形が石像になって壊れました!シュダークがヴェイルに倒されたものと思われます。皆が待っています。行ってください……」


「分かりました」

 ハウエリアはそう言うと、侍女を伴いすぐに本城に向かった。


 アリアは隠れていたミレーヌと喜びの手を取り合う。

 そしてリュークに言った。

「本当に、ありがとうございました。ヴェイルは……無事に帰って来ますよね?」


「……分からない」

 彼は難しい顔をした。


「オレ達闇属性魔法を使う魔族が何故ルガリエルに行けないか言おう。あの国のハイエルフ達は闇属性魔法をえらく嫌う。だから少しでもその性質を持った者が入って来たら光雷レティリダルが落ちる様に、常に国全体に魔力で感知装置を張り巡らせているんだ」


「そんな装置が……」

 ミレーヌが不安そうに言った。


 リュークが続ける。

「あいつはこの3日間で十分な光属性魔法を体内に吸収して行ったが……無理をして足りなくなるんじゃないだろうか」

「……足りなくなったら……まさか」


「ああ……光雷レティリダルにやられる事になる。何度も撃たれると流石のあいつでも厳しいんじゃないかと思っている」


 アリアとミレーヌは顔を見合わせる。

「どうして……彼はいつもそんな無茶をしてまで1人で戦うのですか?」

 アリアが聞く。


「……前に『お家騒動があった』と言った事があっただろう。その話を聞いて欲しい。

 その上で……アリアが……それを聞いてもあいつを受け入れてくれるなら……

 助けに行ってやって欲しいんだ……オレにはもう……」


 リュークはそう言うと、今までに見せた事もない様な悲しげな顔をした。



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