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第30話 戦乙女と勇者アリア

 ヴェイルはいつもは慣れて省略している魔法の古代エルフ語の方程式を書き換えていた。


 空中に手を伸ばし魔法陣内を高速で流れて行く術式の、闇属性魔法反応を光属性魔法反応に変換する移項を使って変更し再読込リロードをさせて行く。


「……大型の光魔法は発動限界5回。神速ユマラキーロスと……認識阻害魔法に出力18……行けるか」


 解法が終わった。彼は今から主要な自分の魔法を光属性魔法に書き換えてユガドの樹の排除に当たろうとしていた。


 麗しい戦乙女が何かを始めると聞いた人々が集まって来た。ざわざわと口々に噂をしあう。

 ヴェイルが皆を振り返り銀の鎧を輝かせて叫んだ。


「危ないから出来るだけ遠くに離れてください!衝撃波も来ます!」

 あまりにも尊い彼の姿に、一堂は素直に従った。


 暫くして人々の避難完了を確認すると、彼はしゃがんでソルレットに魔法を掛けた。

神速ユマラキーロス!」

 そして物凄い勢いで走り、近くの中で一番高いであろう時計台を駆け上がり、ユガドの樹に向かって飛んだ。

重力圧殺イアスミリアティ!」


 彼の詠唱と同時にユガドの樹の中腹がガフリと重力に飲まれて押し潰された。

 消えた部分より上がゆっくりと下に落ちて行く景色の元、ヴェイルはスタンッと着地する。


 ドオオオオオォンと大きな音を立てて上の部分が落ちて来る。

 地震のような地響きが衝撃波を伴って遠方まで響く。

 いくつもの巣があったのか、中にいた大量の鳥が驚いて飛び立った。

 上部の重みが下部をバキバキと数ガルドル分潰してくれた。


 彼はまた神速でなるべく高くまで飛び上がり、樹に向かって飛んだ。

 落下スピードに合わせてドレスの裾がバタバタと翻り、冑で抑えきれない部分の金髪が波打つ。


 その数秒の間に方程式の再読込リロードをする。

 集中力が極限まで高まった時に現れる、目元の小さな蒼い炎が揺れる……


 ―—届け!


 手を向けてもう一度詠唱に入った。

重力圧殺イアスミリアティ!」


 またもや樹が重力に飲まれて押し潰され、高さが2分の1程度にまで減った。それでもまだ80ガルドル(約80メートル)程はある。

 彼は休まずもう一度飛び上がり、同じ詠唱を繰り返した。


 ユガドの樹の上の部分は大方なくなったが、着地した彼は肩で大きく息をしていた。魔力を大量に使う術を連続で掛け過ぎているのだ。

 いくら闇から光に書き換えたとしても限界はある。威力も通常の半分程度にしかならない。


 更に光属性魔法が減ってきた身体には、潜めていた闇属性魔法に反応してパリパリと小さな雷が打ち付け出していた。

「……これが常に国に張り巡らされている対闇属性魔法用の『ルガリエルの光雷レティリダル』か。キツイな……」

 ヴェイルは苦笑した。


 彼はもう一度樹に手を向ける。

 すると残骸の中から新しい細い木が何本も生えて来るのが見えた。


 それはヴェイルを敵と認め、こちらに向かって一斉に襲い掛かって来る。

「またこれか!ウーヴルにせよ古代何とかにせよ、攻撃がお決まりなんだよ!」

 彼は素早く剣を抜いて走りながら斬り捨てて行く。


 しかし動きにくい格好でもあり、量も多すぎて捌ききれず脚を掴まれ高く放り投げ上げられてしまった。

「くっ!」

 ある高さで無重力になる。彼は振り返り様に詠唱した。


氷塵瀑ゼオグランダ!!しまっ…!!」

 つい闇属性魔法で攻撃してしまったのだ。途端にバリバリと光雷レティリダルが身体を撃った。

「うあぁっ!!」

 ヴェイルは回避する暇もなくそのまま地面に打ち付けられてバウンドする。


 ユガドの樹はそれでも残りの半分の高さがバキバキと凍り付き、砕け散った。

「……う……」

 何とか体を起こし、立ちあがろうとした所にまた別の部分から細い木が伸びて来る…。


 その時だった。

斬撃増強メロラデバーラ!!」

 大きな声で詠唱が聞こえたかと思うと、誰かが光剣の様に飛び込んで来た。


 そして目にも止まらぬ速さで何十本と生えて来る細い木を粉々に斬り捨てて行く。

 全てを斬り倒し、ザシャリと動きを止めてその人物はこちらを見た。

「アリア?!」


 そこにいたのは勇者アリアだった。

「ヴェイル!受け取って!」

「え!?」


 彼女は飛び込む様に彼に抱き付いた。

 思わずヴェイルもしっかりと抱き留める。


 ―—暖かな光属性魔法が、彼の中に流れ込んで来た。



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