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第31話 あなたの力になりたい

「アリア……どうして…?」

 身体を離し、向き合って手を握った状態でヴェイルが言う。


「トラフェリアで傀儡のお母様が石像に変わったの。今日はミレーヌの献上日で結界が強く張られていたんだけど、シュダークがいなくなって暫くして弱まったから、彼女に転送して貰ったの」

 アリアが輝くような笑顔で言った。


「……そうか……ありがとう」

 光魔法が補給されてヴェイルの身体が光を帯び始めた。

 光雷レティリダルの痛みも和らぎ体内に力が戻って来た。


 アリアが改めて彼を見直して言う。

「ヴェイルったらまた一人で頑張っちゃって……どうしたの、今凄い格好よ?戦乙女の鎧だなんて……」

「これは……いつもの鎧が転送出来なくて……その……」

 彼は砂だらけになって所々裂けてしまったドレスと銀の鎧を見た。


 アリアが首を傾げ、目を細めて伝える。

「あなたはいつでも誰かの為に戦っているのね。なりふり構わずで…変な魔王様。……でも、人一倍傷付いてしまってもいる。……もう誰も失わない為に、その手を汚してしまって……過去の自分に怯えているわ」


 ヴェイルが目を見張った。

 これまでの自分の血塗られた行為を知られてしまったと分かったからだ。

 ……けれどもアリアは今、ここにこうして来てくれている…。


「でも、それで救われた国があって、救われた人もいて……私には分かるわ。だってあなたは私も助けてくれたもの。今度は、私があなたの力になりたいの」

 彼女は精一杯の思いを込めて彼に言った。


「……アリ……ア」

 ヴェイルは言葉に詰まった。…心が張り詰めて感情が一気に溢れ出しそうになったのだ。


 手をそっと離し、改めて彼女を愛おしそうに抱きしめる。

「……ヴェイル?」

 アリアの驚いた小さな顔がふわりと上を向く。

「……ごめん……もう少し、このままで……」


 彼は目を瞑り、まるで小さな子供の様に彼女の細い首元に顔を埋めた。

「……うん」

 アリアは空を見つめた。

 ……そして目を瞑り、黙ったまま彼の背に腕を回した。



 光属性の魔力が十分供給出来たヴェイルはアリアから離れた。


 流石に恥ずかしかったのか、まともに顔は見られない様で暫く下を向いていた。が、ユガドの樹は最後まで消滅させるしかない。


「……アリア、君の魔力も使ったら後一度の詠唱で済みそうだ。重力で押し潰して積み上がった物を覇級霧爆ミグラシア・エンデで消す。……手伝ってくれるかな」

「え?私が?」


 ヴェイルは顔を上げた。まだ少し頬に赤みがあるが構わず続ける。

「今から方程式を送る。読み解いてくれ」

 彼は指先に魔法陣を表し、古代エルフ語を再読込リロードさせた。

「分かったわ」

 アリアが真剣な顔で魔法陣を見つめ、自分の魔法陣に記録して行く。


 そして直径30ガルドル(約30メートル)、高さが20ガルドル(約20メートル)程残ったユガドの樹の幹に少し離れて彼らは立った。


「詠唱から行く。一緒に」

「はい」

 2人はそれぞれ樹の幹に手を触れ、同時に詠唱に入った。

 最大出力により、更に身体が煌々と光りだす。


「いにしえの盟約リエーザ・エル・アルファール・ガル・ずる

万象ヴェシラ・バリタ・グル・大気トゥ・ミグ・ウルス・れ―覇級霧爆ミグラシア・エンデ!」


 ユガドの樹は、2人の詠唱後ゆっくりと霧へと変貌し、暫くの後に大気に溶け込む様に散り始めた。


 空間に気圧差が生まれて風が起こり、ヴェイルとアリアに水蒸気として纏わり付いてから広がる。

 それは戦いを終えた彼らをしっとりと濡らした。


 暫くして、ユガドの大樹は跡形もなく消え去り、大きな根を張っていた場所が真新しい土の広場となった。

 距離を取って固唾を飲んで見守っていた人々から大きな歓声が沸き起こる。


 ルガリエルの恐怖政治の象徴であるユガドの樹の消滅により、これからはトラフェリアとも魔力の均衡化が取れるようになるだろう。

 トラフェリアを支配しようとしていた悪王と悪の根元の大樹は、ヴェイルの手により消え去ったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日の朝。

 トラフェリアの城門の前で、ヴェイルとリュークはいつもの鎧を着て、虹馬アルカンシエルの手綱を持って立っていた。


「それでは、失礼します」

 ヴェイルが女王の座に戻ったハウエリアに言う。

「本当に……何から何までありがとうございました」

 ハウエリアは深々と頭を下げた。


 彼は次にミレーヌを見て、

「借りたドレス台無しにしちゃったから、後で国から鳳光絹(鳳光鳥の羽毛を撚り込んだシルクを使って織った布)を贈るよ」

と言った。

「ええ?そんな貴重な織物を戴いて宜しいのですか?」

 彼女が驚いて返事をする。


 ヴェイルの横に立つリュークが言った。

「いいんだよ。こう見えてコイツは一応魔王だからな……何色の羽がいい?」

「え、そ、そうですか。ではお言葉に甘えて……瑠璃色に染まった羽で」

 ミレーヌは遠慮がちに、しかし嬉しそうに言った。


「分かった。伝えよう」

 ヴェイルが微笑んで返す。


「ヴェイル……帰ってしまうのね」

 側まで来ていたアリアが淋しそうに言う。

「うん。でもまた来るよ。待っていて」

「……はい」


 2人を見ていたリュークが、ミレーヌに向かってふざけて言った。

「姫様。私もたまにはご尊顔を拝しに来ても宜しいでしょうか?」

「あら、一国の参謀がフラフラ他国に遊びに来るのはどうかと思いますが?」


 彼女にすぐさま言われてしまい、やはりそうかと苦笑いをする。


「……でも……」

 ミレーヌは急に下を向いた。そして、

「お越しになる時は前もってお知らせください。『シルフェンピーチのタルト』を焼いてお待ちしています……」

と、小さな声で言った。


「え?……オレの好きな物……どこでそれを?」

 リュークが驚いて聞き返したが、彼女はそれきり黙ってしまう。

 彼はヴェイルを見返したが、こちらも悪戯っぽく笑って『何のことだ?知らないな』と言う表情をする。


 2人をやり取りを見ていたハウエリアが、穏やかな眼差しをミレーヌに向けた。


 ―—トラフェリアの女王と王女達に見送られながら、彼らは帰国の途に着いた。

 姿が見えなくなるまで見送る姉妹の王女達の、眩い金髪を風が静かに撫でて行った―—


  第1章 完                              


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