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第32話 過去編 ロイに捧ぐ夜

奪われた弟ロイの命。

過去を断ち切るため、ふたりは剣を手に取った。

浴びた返り血も刻まれた傷も、あがないではない。

ただ、前に進むための代償。


——そして夜明け前、彼らは帰還する。



※こちらのお話だけお読みいただいても大丈夫ですが、本編第1章終了後にお読みいただける用に書いています。

魔王ヴェイルとその従兄弟で参謀でもあるリュークの、親族間抗争を繰り返していた頃、4年前のお話です。



☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆


 リュークとヴェイルはその日、反対勢力が指定した場所で15人程の敵を全て返り討ちにしていた。


 その中には昔、家庭教師の名目で半年に渡ってヴェイルとリューク、弟のロイの3人に取り入り、心を許した頃に牙を剥き彼らを騙して拉致をした本人がいた。

 その人物は3人を敵に引き渡した後、行方をくらませていたのだが、今回は強者がいるからと安心したのだろう、堂々と戦士として彼らの前に立ったのだった。


 ロイが殺されてしまった元凶が、その日の人物の中にいる―—


 まだ14歳だったヴェイルと15歳のリューク…。

 不敵に笑うその人物に我を忘れる程の怒りを覚えた2人は、ウォーロックバトルも交えた過酷な戦闘の末彼らを殲滅した。


 しかし戦闘後は疲労でその場に座り込み、壁に身体を預ける他はなかった。


 それ程までに、彼らはまだ少年だった。


 物言わぬ遺体が折り重なる中、小さな窓から差し込む双月の光だけが彼らを淡く浮き出させている。


 身体にはおびただしい量の人の返り血が飛び、2人が手にした双剣も錆びつくほどに血糊が付いていた。


「……やっと……アイツを倒したな……」


 魔力もほぼ使い果たし座り込むヴェイルの横で、同じくへたばっていたリュークが言った。

 多くの切り傷を負い、腕からの止まらない血を気に掛ける力も無く肩で息をしている…。


「……うん」

 ヴェイルが答える。

 リュークは目を開ける事も難しい中で、絞り出す様に続ける…。


「……ロイは……見ていてくれたかな……」

「……うん……きっと見てた……」

 ―—そうであって欲しい、と願いを込めてヴェイルが返す。


「……う……」

 彼の肩にもたれ込んだリュークが痛みに呻き声を上げる…。

「兄上……傷が。早く帰らないと……」


 ヴェイルは辺りを見回し、フラフラと立ち上がって古びたシーツを手に取る。

 清潔な布ではない事に一瞬躊躇したが、おもむろに破ると彼の傷に当てて強く押さえ、その上から更に巻き付けた。


「……ぐっ……あ……」

 リュークの小さな悲鳴が上がる。布がみるみる赤く染まって行く…。


 ヴェイルが祈る様に言う。

「頑張れ兄上……もう暫く経ったら魔力が少し戻る…それで転移するから……」

 そして傷を心臓より高い位置に保つ為、彼の脇から身体を抱き上げた。


「……ロイ」

 リュークの閉じられた目から涙が溢れ出し、痛みのせいかうわごとの様に言う…。


「ロイ……兄さん、頑張ったぞ……

 ……もう、安心して……眠れるよな……」


 その声に、ヴェイルの瞳にも思わず涙が溢れ、頬を静かに伝って落ちた。


 涙声で小さく、自分にも言い聞かせるように呟く。

「きっと眠れるよ……きっと」


 もう動く者のいない静かな夜の室内に、2人の啜り泣く声だけが響いていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「馬鹿者!」

 静かな王宮に大きな声が響く。

 帰って来たヴェイルとリュークに、リュークの母であるミシュレラが怒鳴っているのだ。


 ヴェイルに抱えられたリュークは酷い傷で、立っているのもやっとだった。

 すぐに術師が呼ばれて回復を掛ける。


「何故お前達は誰よりも早く動く。何故誰よりも多くの者を殺しに行くのだ!我らの軍の追跡魔法も遮断してしまって助けにも行けない!一体何を考えている!」


「……今日は……テイルガがいたんだ。家庭教師だった……奴だ」

 母の叱責に苦しい息の元でリュークが言う。


「何?」

「オレ達を……騙して攫った張本人が……いた……だから……どうしても許せなくて……」

「……だから、だと?」

 ミシュレラは怒りに震えた。


「叔母上様……申し訳ありません。でも、兄上は……」

 ヴェイルが口を開いた。


 しかし彼女は聞こうとはせず、彼に向かって言う。

「弁明など要らぬ。お前も自己回復機能があるからと油断し過ぎている。それが発動する前に首を刎ねられると意味がないのだぞ?リュークは更にお前とは違う。この子は大きな傷を負うと命を失う身体なのだ」


 ミシュレラは改めてリュークに言った。


「リューク。お前はヴェイルとは違う!怪我をしてもすぐには治らない。お前は今、最も死に近い場所に行ってしまっているのだ!そんな物は敵討ちでもなんでもない。死ぬ様な目に遭う事で赦しを得ようとしているだけだ!」


「……あの時、ロイの代わりに自分が死ぬ筈だったと思っているのだろう?!最初に狙われた自分が何故生きている、と思い詰めているかも知れないが……あの子が命を捨ててまで兄には生きていて欲しかったとは考えたことがないのか!」


 リュークが黙ってしまった。

「2人だけでそんな事をしなくてもいいのだ……心は何処へ行ってしまっている?……あれはもう……仕方がなかったんだ……堕としてしまった心を早く取り戻せ」

 ミシュレラが息を吸う。


「お前達こそ私にはかけがえの無い息子達なのが分からないのか。もう……失いたくは無いのだ!」

 強く叫んで顔を伏せた彼女の目元から涙がポロポロと溢れて来た。


「申し訳……ありませんでした」

 2人が謝る。


「……もうよい。下がれ」

 ミシュレラは顔を背け、玉座を降りて行った。


 リュークの回復が終わった。

 2人は血まみれの姿のままトボトボと歩く。

 扉の外に、パトラクトラが立っていた。


「また怒られているな」

「母上……」

「パトラクトラ様……」

「ああは言っているが、お前達が勝手に行ってしまってミシュレラは心配してずっと泣いていた。……分かってやれ」


 彼女は血を被ったままの2人の頭をそっと抱く。

「無事に帰って来てくれてありがとう。辛かっただろうに……しかしよくやったな。ロイも見ていたと思うぞ」


 その言葉に彼らはまた、堪えようもなくその場で声を殺して泣いた。


 暫く雲に隠れていた双月の光が、もう角度を落としてはいたが、2人を慰めるかの様にまた王宮の窓辺を淡く照らしていた……



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