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第2章魔王陛下は今日も玉座に座っていない

第33話 あの戦姫は誰


「聞いたぞ、ヴェイル。ルガリエルのシュダークを倒したそうじゃないか」

 ナザガランに戻ったヴェイルは数日後、父であり前魔王のグラディスに謁見していた。


「はい。今までの様々な陰謀の首謀者と考えると当然の報いかと思います」

 彼は跪いたまま、淡々と答えた。


「まあ、強力な光属性魔法の国へどの様な方法を使って侵入したのかは気になるが、無事にシュダークの討伐には成功したのだから良しとしよう。あの国は今後世襲制の統治国家から民主主義に変更するそうだ。近く国のトップを決める為の選挙も行われる事になった」


「それは良かったです」


「お前もまた魔王に戻るといい。私には……少々荷が重いのだ。臣下もお前に懐いている者の方が多い。そもそもシュダークを欺く為でもあったのだからな」

「分かりました。では本日より復帰いたします」

 ヴェイルが答えると、グラディスの声がやや小さくなった。


「ところで……シュダークが殺害された日に物凄く美しい姫がルガリエルに来城したそうだが……」

「……はい?」


「なんでも真紅の素晴らしい意匠のドレスをさりげなく着こなしていたそうだ。背も高くヒールの音も澄むほどに気品高く歩いていたらしい。当初はミレーヌ姫かと思われたが、どうも違うらしい。そしてその日にシュダークが死んでいる。そして戦乙女の武装をして、あのユガドの大樹まで排除したそうだ。物凄く強いではないか……お前はその姫に会わなかったか?」


「……さ、さあ……」

「お前もそろそろ、妻でも娶ったらどうだ。その姫の詳細は分からないが、そこまでの強さの者ならば是非我が国に来て欲しい。まだルガリエルに滞在しているかも知れんから調べてみるか」


「いや……妻は……まだいいかな……」

 ヴェイルは言い淀んだ。一瞬目が泳いだかもしれない。


「グラディス」

 玉座の間にパトラクトラが入って来た。

「パトラクトラか。なんだ?」


「シュダークが死んだ日の様子がルガリエル光宣書式(ルガリエルの新聞)に載っている。一枚入手したんだ。そこにお前が言っていた姫が写っていてな。これなんだが」


 パトラクトラはそう言うと、大理石の机の上にルガリエルの光宣書式を広げた。

 そこには1枚目は城内にいる真紅のドレス姿で、2枚目は戦乙女の鎧姿でユガドの樹に向けて飛んでいる女性の写真が載っていた。


 言うまでもなくヴェイルの『ミレーヌになりすました変装』だ。


「……い?」

 ヴェイルが焦った。グラディスが唸る。

「これは…なんと美しい。この様な姫がトラフェリアにいたとはな」

 パトラクトラが呆れた顔をした。


 ヴェイルがそっと席を外す。

「グラディス……お前の目は節穴か?……金髪碧眼に化けてはいるが、この女性はヴェイルだ」

「ヴェイル?」


 グラディスが驚いて写真に顔を近付ける。

「……あっ本当だ。アイツ……何処でこんな格好と所作を」

 彼は顔を上げてヴェイルを見た。が、忽然と姿を消している。


「ヴェイル?おい、ヴェイル!これはなんだ、説明しろ!……って……逃げたな」

 グラディスは、はぁとため息を吐いて椅子に座り直した。


 パトラクトラはまだ写真を見て何故か嬉しそうにしている。


 彼が、周りに臣下がいない事を確認してからそっと言う。

「……パトラ、どうしよう俺……ヴェイルに『なんと美しい』なんて言ってしまったよ……」


「別にいいんじゃないか?少なくとも認識阻害魔法は掛けているみたいだし。まあ確かによく見ないと間違うかも知れないなこれは」

 彼女は全く気にせずに返す。


「……俺はお前こそが1番美しいと思っている……」


 グラディスの不意の言葉に、パトラクトラは顔を上げた。

 肘を付いて顎を乗せ、視線を合わせない様に逸らした彼の頬が少し赤い。

「……ハハ。これはこれは。光栄でございます前魔王陛下」


 彼女はそう言うと、光宣書式を取り上げ丁寧にクルクルと巻いた。

 それを持って立ち上がるとグラディスの側に行き、耳に唇を寄せて優しく囁く。

「……今宵はこちらに泊まる。部屋の鍵は開けておけ」


 彼はパトラクトラに向き直ったが、彼女は振り返り様に妖しく微笑むと、そのままコツコツとヒールの音を響かせながら玉座の間より出て行ってしまった。


 グラディスは無言でその姿を見送っていたが、

「……あいつの好きな花……今から取り寄せられるかな」

と呟くと、執事に確かめさせようと思ったのか、扉の外の臣下に入って来るように声を掛けた。




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