その日のナザガランでの王宮の会議室では、古代遺跡の調査の件で話し合いがなされていた。
「遺跡先遣隊へはヴェイルを筆頭にリューク、第一部隊の精鋭10名で行ってもらう」
グラディスが地図を見ながら言う。
「今回は深い部分にまでは行かないのですね?」
ヴェイルが質問する。
「ああ、今はパトラクトラが留守だから……」
そこへ、ノックをして側近が入って来た。
「お取り込み中の所申し訳ありません。トラフェリアの王女アリア様がご来城なさって、魔王陛下に至急お取り継ぎをと仰ってます」
「え。アリアが?なんだろう……」
「いいだろう。少し休もう。応接室にお通しなさい」
グラディスが休憩の許可を出した。
ヴェイルとリュークは、アリアを待たせている応接室に行った。
「アリア、久しぶり」
「ヴェイル!」
アリアはヴェイルの顔を見るなり近くに駆け付ける。
急いで立ったので少し引っ掛かったのか、机の上にあったティーカップがカチャンと音を立てた。
「ど、どうしたの……」
驚く彼の後ろで、リュークがパタンと扉を閉めた。
「ヴェイル、ミレーヌと結婚するって本当?!」
彼女が涙目で聞いた。
「ええ?!俺が?」
ヴェイルは初めて聞くその言葉に驚く。咄嗟にリュークを振り返るが、彼も初耳だと言う顔をしている。
「事情が分からないな。どうしてそんな事に……」
ヴェイルは改めてアリアを見直した。
慌てて自分の
「あのね、トラフェリアの新聞に、ミレーヌ姫が危ない時に助けに来たのが魔王ヴェイル=ヴォルクリア様だったって記事が載っていて……個人的にお助けに来られるぐらい深いご関係だ、ご結婚も間近だって……」
「そんな事……ミレーヌは何か言ってた?」
彼が聞く。
アリアは顔を逸らして答える。
「ミレーヌに聞いたら、ちょっと考えてたけど
『まぁ……そういったお話が持ち上がっていたとしても、わたくしの耳には届いておりませんわね。今のところは、ですけれど?
気になるのなら、ヴェイル様に直接お尋ねになってみては?……ふふ、きっと丁寧にご説明してくださいますわ』
って……顎に手を当ててなんだか楽しそうに笑って言ったの……だから……来ちゃった」
―—ミレーヌの奴、コイツらの進展のなさに発破をかけたな。
リュークは密かに思った。
アリアがとうとう顔を覆ってしまって言う。
「私、嫌!ヴェイルは私の王子様なんだもん。私は小さい頃から王子様と結婚するって決めてたの!」
「アリア……」
「ヴェイル……良かったな。今プロポーズされたぞ?」
リュークがポツリと言う。
「プロポ……これ……気付いて言ってると思う?……何処かにいる理想の王子様じゃなくて、俺の事?」
ヴェイルはそう言って、顔を少し背けながら頬を染めた。
アリアが重大発言をした自覚もなく話を続ける。
「ねえ、いつミレーヌを助けたの?私の知らない所?」
悲しそうな顔で見つめて来た彼女を見て、彼は考えながら言う。
「それって多分……ルガリエルで俺がミレーヌのフリをして、シュダークに近付いた時に襲われた件じゃないかな」
「え?」
「今、なんて……」
何故かリュークとアリアが同時に聞く。
「いや、だから、大きなソファーに押し倒されて…両腕をグッと押さえ付けられて身動き出来なくされて……顔近付けられて……
シュダークの側近達には、その時に『魔王ヴェイル=ヴォルクリアが来てシュダークを倒して、また去って行った』って事にして、そう説明したんだ……
もう笑っちゃうよな、こっちは男なの……に…?」
ヴェイルが笑いながらふと2人を見たが、彼らは物凄くショックを受けた顔をしていた。
続けて怒涛の様に畳み掛ける。
「ヴェイル!お前っ!そんな事されたのか。他には何もなかったか?大丈夫だったのか?」
「そうよ、どうして言ってくれなかったの?なんて酷い目に遭って…怖かったでしょう」
「ちょっと……2人ともなんだよ、別に何も……」
「ああああっ、これだから天然隙だらけ美女魔王はよ!お前ホント危険なんだぞ?歩く色気製造機なんだからな!」
リュークが頭を抱えて喚く。
「え?……ええ?歩く色……何?」
「そうそう!もっと自覚してよ。あなたは女装したら歩くだけで危ないのよ!いろんな意味で……」
アリアまでそんな事を言いだした。
2人の勢いに驚いたヴェイルが返す。
「あの、2人ともさりげなく
別に本当に大丈夫だったって。その後すぐキチンと
「許さん、シュダーク。オレ達のヴェイルに……あの世の果てまで追って行こうか……」
「そうですね。あの世に行けたらの話ですけどね」
リュークとアリアはヴェイルの言葉が耳に入って来ないのか、まだお互いにブツブツ言い合っている。
「と、とにかく……俺はミレーヌとは結婚しないから」
ヴェイルが咳払いをして言う。
「本当に?」
アリアが聞き返す。
「うん」
彼はリュークをちらりと見て微笑んだ。
「良かったぁ」
アリアがやっと笑った。
ヴェイルはほっとして言う。
「今日はこの後、どうする予定なのかな。良かったらもう少し待って貰ったら時間が空くから、夕方からちょうどやってるお祭りに行く?夜遅めになっても大丈夫?」
「行く!行きたいです!どうしよう、ミレーヌも呼ぼうかな」
「お、良いねえ」
リュークが言う。
「じゃあ、ちょっと通信借りるね」
アリアはそう言うと、扉を開けて事務所の方に行った。
ヴェイルがその後ろ姿を見ながらふう、とため息を吐く。
「なんかさ、振り回されてるな……」
リュークが声を掛ける。
「うん。でも……楽しくて良いかな……リュークもミレーヌに会えるだろ?」
「まあな」
彼が嬉しそうに首を少し傾げた。
歩いてきたグラディスが応接室の扉の前で止まり、声を掛ける。
「……そろそろ会議を再開していいか?」
「あ、はい。ただいま参ります」
ヴェイルが慌てて返事をした。
「じゃあオレ、アリアにもう一度応接室で待つ様に言っておくよ。お茶のお替わりと……お菓子も追加する様に執事に言っておく」
リュークが声を掛ける。
「ありがとう。お前も後で会議室に来いよ」
ヴェイルが廊下の角を曲がりながら答えた。
「……ミレーヌとは結婚しない……か」
リュークは独り言を言うとふっと笑い、応接室を出て事務所に向かった。