目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第34話 ヴェイルの結婚話

 その日のナザガランでの王宮の会議室では、古代遺跡の調査の件で話し合いがなされていた。


「遺跡先遣隊へはヴェイルを筆頭にリューク、第一部隊の精鋭10名で行ってもらう」

 グラディスが地図を見ながら言う。

「今回は深い部分にまでは行かないのですね?」

 ヴェイルが質問する。

「ああ、今はパトラクトラが留守だから……」


 そこへ、ノックをして側近が入って来た。

「お取り込み中の所申し訳ありません。トラフェリアの王女アリア様がご来城なさって、魔王陛下に至急お取り継ぎをと仰ってます」


「え。アリアが?なんだろう……」

「いいだろう。少し休もう。応接室にお通しなさい」

 グラディスが休憩の許可を出した。


 ヴェイルとリュークは、アリアを待たせている応接室に行った。

「アリア、久しぶり」

「ヴェイル!」

 アリアはヴェイルの顔を見るなり近くに駆け付ける。


 急いで立ったので少し引っ掛かったのか、机の上にあったティーカップがカチャンと音を立てた。

「ど、どうしたの……」

 驚く彼の後ろで、リュークがパタンと扉を閉めた。


「ヴェイル、ミレーヌと結婚するって本当?!」

 彼女が涙目で聞いた。

「ええ?!俺が?」

 ヴェイルは初めて聞くその言葉に驚く。咄嗟にリュークを振り返るが、彼も初耳だと言う顔をしている。


「事情が分からないな。どうしてそんな事に……」

 ヴェイルは改めてアリアを見直した。

 慌てて自分の草竜グリーンドラゴンを飛ばして来たのだろう。緩くウェーブが掛かった金髪が風で乱れていた。


「あのね、トラフェリアの新聞に、ミレーヌ姫が危ない時に助けに来たのが魔王ヴェイル=ヴォルクリア様だったって記事が載っていて……個人的にお助けに来られるぐらい深いご関係だ、ご結婚も間近だって……」

「そんな事……ミレーヌは何か言ってた?」

 彼が聞く。


 アリアは顔を逸らして答える。

「ミレーヌに聞いたら、ちょっと考えてたけど

『まぁ……そういったお話が持ち上がっていたとしても、わたくしの耳には届いておりませんわね。今のところは、ですけれど?

気になるのなら、ヴェイル様に直接お尋ねになってみては?……ふふ、きっと丁寧にご説明してくださいますわ』

って……顎に手を当ててなんだか楽しそうに笑って言ったの……だから……来ちゃった」


 ―—ミレーヌの奴、コイツらの進展のなさに発破をかけたな。

 リュークは密かに思った。


 アリアがとうとう顔を覆ってしまって言う。

「私、嫌!ヴェイルは私の王子様なんだもん。私は小さい頃から王子様と結婚するって決めてたの!」

「アリア……」


「ヴェイル……良かったな。今プロポーズされたぞ?」

 リュークがポツリと言う。


「プロポ……これ……気付いて言ってると思う?……何処かにいる理想の王子様じゃなくて、俺の事?」

 ヴェイルはそう言って、顔を少し背けながら頬を染めた。


 アリアが重大発言をした自覚もなく話を続ける。

「ねえ、いつミレーヌを助けたの?私の知らない所?」

 悲しそうな顔で見つめて来た彼女を見て、彼は考えながら言う。


「それって多分……ルガリエルで俺がミレーヌのフリをして、シュダークに近付いた時に襲われた件じゃないかな」


「え?」

「今、なんて……」

 何故かリュークとアリアが同時に聞く。


「いや、だから、大きなソファーに押し倒されて…両腕をグッと押さえ付けられて身動き出来なくされて……顔近付けられて……

 シュダークの側近達には、その時に『魔王ヴェイル=ヴォルクリアが来てシュダークを倒して、また去って行った』って事にして、そう説明したんだ……

 もう笑っちゃうよな、こっちは男なの……に…?」


 ヴェイルが笑いながらふと2人を見たが、彼らは物凄くショックを受けた顔をしていた。


 続けて怒涛の様に畳み掛ける。

「ヴェイル!お前っ!そんな事されたのか。他には何もなかったか?大丈夫だったのか?」

「そうよ、どうして言ってくれなかったの?なんて酷い目に遭って…怖かったでしょう」


「ちょっと……2人ともなんだよ、別に何も……」


「ああああっ、これだから天然隙だらけ美女魔王はよ!お前ホント危険なんだぞ?歩く色気製造機なんだからな!」

 リュークが頭を抱えて喚く。


「え?……ええ?歩く色……何?」


「そうそう!もっと自覚してよ。あなたは女装したら歩くだけで危ないのよ!いろんな意味で……」

 アリアまでそんな事を言いだした。


 2人の勢いに驚いたヴェイルが返す。

「あの、2人ともさりげなくけなしてない?俺、一応魔王なんだけど…結構強いつもりでいるよ?

 別に本当に大丈夫だったって。その後すぐキチンと霧爆ミグラスで飛ばしたし……」


「許さん、シュダーク。オレ達のヴェイルに……あの世の果てまで追って行こうか……」

「そうですね。あの世に行けたらの話ですけどね」

 リュークとアリアはヴェイルの言葉が耳に入って来ないのか、まだお互いにブツブツ言い合っている。


「と、とにかく……俺はミレーヌとは結婚しないから」

 ヴェイルが咳払いをして言う。


「本当に?」

 アリアが聞き返す。

「うん」

 彼はリュークをちらりと見て微笑んだ。

「良かったぁ」

 アリアがやっと笑った。


 ヴェイルはほっとして言う。

「今日はこの後、どうする予定なのかな。良かったらもう少し待って貰ったら時間が空くから、夕方からちょうどやってるお祭りに行く?夜遅めになっても大丈夫?」


「行く!行きたいです!どうしよう、ミレーヌも呼ぼうかな」

「お、良いねえ」

 リュークが言う。


「じゃあ、ちょっと通信借りるね」

 アリアはそう言うと、扉を開けて事務所の方に行った。


 ヴェイルがその後ろ姿を見ながらふう、とため息を吐く。

「なんかさ、振り回されてるな……」

 リュークが声を掛ける。

「うん。でも……楽しくて良いかな……リュークもミレーヌに会えるだろ?」

「まあな」

 彼が嬉しそうに首を少し傾げた。


 歩いてきたグラディスが応接室の扉の前で止まり、声を掛ける。

「……そろそろ会議を再開していいか?」

「あ、はい。ただいま参ります」

 ヴェイルが慌てて返事をした。


「じゃあオレ、アリアにもう一度応接室で待つ様に言っておくよ。お茶のお替わりと……お菓子も追加する様に執事に言っておく」

 リュークが声を掛ける。


「ありがとう。お前も後で会議室に来いよ」

 ヴェイルが廊下の角を曲がりながら答えた。


「……ミレーヌとは結婚しない……か」

 リュークは独り言を言うとふっと笑い、応接室を出て事務所に向かった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?