トラフェリア城のいくつかある応接室の一室で、以前ルガリエルにヴェイルを助けに行ったアリアが当時の様子をミレーヌに話していた。
「……それでね、光属性魔法の魔力を供給するのに、もう一気に行っちゃおうと思って先に抱き付いたのは私なんだけどね、後でヴェイルもぎゅうって抱き締め返して来たの。凄く切なそうな顔だった……」
アリアが夢見る様に言う。
「そ、それで…?」
「私も同じ様に切なくなっちゃって『うん』って言って、背中トントンしてあげた」
「……それだけ?」
「?……そうだけど?」
彼女が不思議そうに返す。
ミレーヌが少し言いづらそうに続ける。
「そ、その後……向き合ってそうっと何か、は…?」
「!?ちょっと、何かって何?そんな……もうそれどころじゃなかったわよ?ヴェイルはドレスの上から戦乙女の鎧着せられてたし……どう見ても女性同士のハグでしょ」
動揺して言うアリアにミレーヌは明らかに落胆した声を上げた。
「はあぁ……アリア、それはそれで美味しいのよ……勿体無い」
「え?何が?」
彼女は何処までも天然だった。
「あなた達はいつまで純愛ごっこをしてるんですか?」
「え?……どうしたの急に」
ミレーヌの気落ちした低い声にアリアが怯える。
「もう告っておしまいなさい!我が妹よ」
彼女はそう一喝するとスクッと立ち上がった。
「キャー、ミレーヌがなんか変!」
アリアが思わず叫んだその時、開きかけで放置されていた扉をトントンとしてヴェイルが訪ねて来た。
書類に目を通しながら話す。
「すまない、今度の訓練の日程なんだが……」
「きゃあ」
「わぁ」
ミレーヌとアリアが同時に叫ぶ。
彼が驚いて2人を見直す。
「え、何?……タイミングが悪かった?話に割って入ったかな」
その言葉にミレーヌが思い切って口を開いた。
「ち、違うんです。ちょうどヴェイル様のお話してましたの。あの、……ルガリエルでアリアを抱き締めたそうですね?」
「あっ」
アリアが赤面する。
ヴェイルも突然の問いに驚く。
「わっ……て、あの、ごめん、あの時は少し取り乱していて……」
「ヴェイル様はアリアがお好きだから抱き締めたのでしょう?」
チャンスだとばかりにミレーヌが続けて言う。
「あわわ……ミレーヌったら」
アリアは慌てながらも次の彼の言葉を期待してしまっていた。
ヴェイルが正直に話す。
「うん……来てくれたし本当に嬉しくて感動しちゃって……俺、砂だらけだったのに」
「はい、今『うん』って仰ったのに結局そんな所気にするんですか……もう……もう、少し反省しなさいあなた方!」
ミレーヌはそう言い捨てて応接室から出て行こうとした。
「ちょっと、ミレーヌ?!」
アリアがその背中に問うが「知りません!」と言い捨てて彼女は走り去って行ってしまった。
「ええ?なんで?……怒ってる?……ごめん、本当に失礼な事して……」
ヴェイルが小さくなって謝る。
「ううん、私の方こそ……女性世帯育ちだからか抱き付き癖があって……先に抱き付いちゃってごめんなさい。鎧が当たって痛かったんじゃないかな」
アリアも返答に困っていた。
「いや、それ……は……全然大丈夫、で……」
ヴェイルが小声になってしまった。
2人は暫く沈黙してしまう。
「あー……この話はもう止めようか……本当に次の訓練時の日程と、予定してる併列縦隊陣形の話をしに来たんだけど」
ヴェイルが話を逸らした。
アリアが顔を上げて彼の資料を覗き込む。
「いいわねこれ!主力戦闘員は誰にするの?サポーターは?」
元々戦闘狂の2人が訓練予定の話に移行するのには全く時間は掛からないのであった……
その頃、中庭のガゼボにて頭を冷やすミレーヌがいた。
たまたま見つけたリュークが近付いて来る。
「ミレーヌ、どうしたんだこんな所で……」
「リューク様…もう、聞いてくださいなヴェイル様とアリアの事」
ミレーヌがここぞとばかりに彼に言い付ける。
「そう言えばさっき訓練日程について確認しに行くって言って、ヴェイルがそちらに行ったと思うのだが……」
「そう。確かに来られましたわ。私、ちょうどアリアとルガリエルでの事をお話してましたの。ヴェイル様がアリアを抱き締められたそうで……」
「え?アイツそんな事したのか?……それはすまなかった」
リュークが何故か代わりに謝る。
―—その辺りはとても弟想いの兄の様だと彼女は思った。
しかし食い下がらない訳にはどうにも気持ちが収まらなかった。
「違います……そうじゃないんです。もう、どうしてナザガランの殿方は女性の気持ちに疎いんですか?アリアは嬉しいに決まってるじゃないですか!あの2人どう思いますか?ア・レ・で・ど・う・し・て付き合ってないんですか?」
リュークは少し困った様に微笑んだ。
「ああ……そういう事か……ダメなんだよアイツは。いっつも1人で抱え込んでさ。自分が本気で人から好かれていいのか迷っている」
彼の言葉にミレーヌも少しハッとする。
「……そんなの……愛されていいに決まってるじゃないですか……リューク様も心からお慕いされているのでしょう?」
「まあアイツとはもう運命共同体で、本当の弟みたいなもんだからな」
彼女は視線を落とした。
「わたくしは……アリアが愛する方なんですもの、2人を応援したいです」
「ありがとう」
しおらしくなってしまったミレーヌを眺め、感謝の気持ちを込めてリュークが言う。
「それに、わたくし……ヴェイル様をずっと支えていらっしゃるリューク様の事、尊敬してます」
「え?……そ、そうか。照れるな……」
「本当ですよ?あなたはわたくしも護ってくださったのですもの、わたくしの騎士様です」
ミレーヌはリュークを見上げて言った。
「そうか。では……」
彼はクスリと笑うと、騎士らしく恭しくミレーヌに跪いた。首を垂れて続けて言う。
「……姫、私めに何なりとお申し付けください」
そして
「なんてだな」
と言って笑いながら顔を上げた。
「……」
リュークを見下ろす彼女は口を両手で覆い、赤くなっている。
「あれ?ミレーヌ?」
「もう……リューク様なんてっ……」
ミレーヌは怒り掛けてふっと止まる。
「あの……では、そうですね、明後日の夜は夜光鳥の群れが輝きながら一斉に北に向かう日なのですが……リカンの丘が絶好の見物場所になっているんです。そこにわたくしを連れて行ってくださいませんか?……勿論護衛として、ですよ?」
リュークが穏やかな笑みを見せる。
「分かりました、姫。では明後日この時間にここに参ります」
彼女が顔を明るくして言う。
「必ず来てくださいね。待っていますから……ではわたくし、応接室に戻りますね」
ほのかに赤くなったままの顔を隠しもせずに、ミレーヌは手を振って去って行った。
彼女を見送りながらリュークは思う。
「……護衛って言ってたけど…もしかしてデートのお誘い?……いいんだよな?オレで」
彼は人知れず片手で脇を締める小さなガッツポーズをした。
応接室に戻ったミレーヌは今、2人の次の訓練内容での盛り上がり方を目の前にしている…。
「お帰り、ミレーヌ。ねえねえ、この訓練陣形どう思う?」
彼女に気が付いたアリアの無邪気な問いに、ミレーヌは無言でどっかりとソファーに座り込んで、頭を振りながら額に指を当てた。