麗らかな陽が差すある日の事だった。
受け取った書簡を読んでいたヴェイルはあからさまに困った顔をしていた。
「サスラメイダ……」
よく知っている送り主の名を口にする。
ナザガランには魔法の能力の底上げの為に訓練所がある。特に魔力の強い者はそこに通い、数年師について魔法修行をする。
サスラメイダというのはヴェイルよりも一つ年上の女性で、その訓練所で一緒に魔法修行をした仲だった。
彼女はそのまま師範となってそこで働くものと思っていたが、最近軍の魔法力を高める為との事で、光属性魔法の国ではあるがトラフェリアの軍部に魔法指導者として就職していた。
訓練所を退所してからも、彼女は彼に時々この様な書簡を送って来る。
彼の事を好きな様子で、文面の最後には必ずその事を匂わせて来た。
ヴェイルはいつも気付かないふりをしているのだが、これが直接的になったらどうしようかと思っている節がある。
「もう好きな子が出来たと言って、それとなく断ればどうだ?」
書簡を開いて迷惑そうに読んでいる彼に向かって、事情を知っているリュークが言った。
「好きな子……」
「お前にはアリアがいるだろう」
ヴェイルがバッと振り向いてリュークを見た。
「えっ、でも……付き合ってる訳では……」
「お前そういう所だぞ?もう自分が好きならそれだけでいいんだよ。深く考えるな」
「……」
「それより、こちらも大変な事になっている」
そう言うとリュークも同じ様な書簡を開いて見せて来た。ミレーヌからの物だった。
―—「『トラフェリアの戦乙女』についてなのですが、やはりわたくしではない事が分かってしまいました……力不足で申し訳ありません……」―—
「な……これまだ引き摺ってたんだ」
ヴェイルが驚く。彼女の書簡には続きがある。
―—「結局、トラフェリアにはそこまで強い者はいないだろうと言う事になって、とうとう『ナザガランに住むあるお方にご協力いただいた』と明かしてしまいました。そうしましたら今度は『その者を呼び寄せろ、是非我が妻に』と仰るルガリエルのハイエルフやハーフハイエルフの殿方が殺到してしまいまして。
闇属性魔法の国の方だと申しましても『もう時代が違う、そんな事は関係ない、彼女の戦い方に惚れたのだ』と皆さん熱心に仰るのです。
もう『あの戦乙女は魔王ヴェイル=ヴォルクリア様の女装だった』とお伝えしても宜しいでしょうか?」―—
「ちょっと待ったぁ!」
ヴェイルは顔を蒼くして叫ぶと速攻でトラフェリア城に転移してしまった。
「……おお?もう読めたのか?」
取り残されたリュークがヒラヒラと落ちて来た書簡を拾う。
そこに丁度、武具の納品に武器鎧職人である彼の父がやって来た。
「父上」
「リュークか。丁度良かった。お前から頼まれていたヴェイル様の鎧が出来たぞ」
「キャッ」
急に目の前に転移魔法陣が展開して飛び出す様に現れたヴェイルを見て、ミレーヌは驚いた。
「ミレーヌ、済まない。書簡を読んだのだが……」
「ヴェイル様でしたか。そうなのです……開催日は2日後ですから、お願いしますね」
彼女が答える。
「何?……開催日?」
彼が訳が分からない顔をした。
ミレーヌが申し訳なさそうに言う。
「書簡は全部お読みにならなかったのですね?2日後に例の殿方が5人程来国されまして、戦乙女と試合をする事になったのです。どなたも並いる屈強で魔法にも自信のある方々ばかりでして、是非戦ってみたい、と……
戦乙女が勝ったなら婚約の話はなし、殿方のどなたかが勝たれたら、その方の元へ嫁ぐ様に。ヴェイル様なら負けないと思いまして……」
「ええ?どうしてそういう話になるんだ……」
ヴェイルが混乱して言う。
「ではやはり『あの方は魔王ヴェイル=ヴォルクリア様の女装姿でした』と、お話しした方が宜しいですか?」
彼女が首を傾げて言う。
―—ちょっと面白い事になってきたわね―—
ミレーヌは心の中でこう呟いていたのだが。
「うう……それだけは……それだけはやめて。
バレたくないっ……分かった、ちょっと帰って来る」
ヴェイルは焦ってまたナザガランに戻った。
「お帰り。お前の鎧が出来ているぞ」
「魔王陛下、お久しゅうございます」
慌てて帰って来たヴェイルに、リュークとその父ストリク=ノワールが声を掛けた。
「あ……叔父上様、いつもありがとうございます。鎧……ですか…?」
ヴェイルが挨拶をしながら置いてある箱の中身を気にして聞いた。
「これは……リュークから聞いていませんでしたか?何やらトラフェリアでの用事があるとかで、ヴェイル様専用の改良型【戦乙女の鎧】を新調して参りました」
「戦乙女?!おい、リュークどう言う事だ」
彼が横で知らないふりをしているリュークに聞いた。
「あの書簡貰ったの2週間前なんだよな……」
「お前……そう言えばその頃、
ヴェイルは悔しそうに歯を食いしばった。
「まあいい……叔父上様、鎧を試着させて貰って宜しいでしょうか」
彼はなんとか平静を装ってストリクに聞いた。
職人として優秀な彼の鎧はどんな形であれ興味がある。
試着室に移り、ストリクが箱から鎧一式を出しながらいそいそと説明する。
「このハイネックの真紅のアンダーウェアですが、繊維ほどの細かいチェインメイルで編み上げておりますので着心地に支障はありません。お御脚にはまず別のアンダースーツをお履きいただいで素肌は出ない様に致しました。更に足捌きをよくする為に、スカート部は前面を短めに、後ろになるに従って長い仕様となっております。後方は燕尾仕様、スリットの代わりに谷を深目に取っております」
ヴェイルが着用してみる。アンダーウェアだけでもピッタリで身体にしっくりと馴染む。
「次に鎧ですが、やや明るめの銀に致しました。防御魔法も掛けやすい様、
「ソルレットですが、太腿までの長さ、関節部には補強素材と左右上下に動く扇状に重なる板を配しましたので動きの邪魔になりません。ヒールの高さは前面踏み込み時に加速が付きやすい様3ルドル(約3センチ)となっております。サイドのくるぶし横の小翼に
見た目はバリバリの女性型の戦乙女鎧だが、流石オートクチュール、前回とは比べ物にならないぐらい着心地も立ち回りし易さも向上した仕上がりとなっていた。
全てを身に付けてみた彼にリュークが言った。
「おお……美人だな。これからこの格好で戦場に行くか」
ヴェイルが恐ろしい顔でこちらを向いた。