目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第39話 戦乙女バトルマッチ 2

 トラフェリアでの戦乙女対ルガリエル男性陣のバトルマッチの日。


 ヴェイルは例の戦乙女の鎧を着用し、認識阻害魔法で金髪碧眼の謎の美女になりすまして彼らの前に立った。

 会場となったトラフェリアの闘技場には、多くの観客が詰め掛けた。


 勿論ハウエリアやミレーヌやアリアも、何故か野次馬のリュークもいた。彼は目立たぬ様に今日は鎧もなく、一般人の服装で観覧している。


 トラフェリア軍からも参考のために数人の幹部が訪れている。その中にはヴェイルが苦手だと思っているサスラメイダの姿もあった。

 彼女は深い紫色の髪をした物静かな術師で、今日は軽武装の鎧を身に付けている。

 一心に闘技場内を見ていたが、ヴェイルを見て不思議そうに独り言を言った。

「ナザガラン出身とのことだが……あの様な戦乙女をする女性は誰かいただろうか」



「ヴェイル様……今日もなんとも見目麗しいお姿ですね」

 ミレーヌが言う。

「あの鎧はオレの父の傑作なんだ。ああ見えて高性能なんだぞ」

 リュークが満足そうに言う。


「ええ?あれ、やはりオートクチュールなんですか?」

 アリアが驚いて言う。

「そうだ。アリアも欲しければ注文してやるぞ。あー、トラフェリアの意匠とは違うか」

「いえ、とても素敵です」

 そう言うと彼女は羨ましそうにヴェイルを見た。


「戦乙女よ!私はルガリエル北部ルテーリアの地の豪商、エルリックだ!そなたの名は何と言う?」

 重厚な鎧姿の騎士が冑を脇に抱えて聞く。


 ヴェイルは仕方なく答えた。勿論偽名だ。

「リィナ=エミルです」

「リィナ殿か!私と一戦交えていただきたい!私が勝利したならば私の元へ来ていただこう!」

「嫌です」

「何?」

「弱い方は好きではありません」

「なんと!私がそなたより弱いと?」

「行きます……」

「来い!」

 騎士は冑を被った。


 ヴェイルは身体をゆっくりと倒し、加速する。

 次の瞬間には構えていたその騎士の後ろで模擬刀を鞘に納めていた。

 騎士は物も言わず頽れて行く。彼の鎧には3箇所の斬撃痕が出来ていた。

 オオオオオーと言う歓声で闘技場が揺れる。


「なんだ、あの娘」

 見ていた他の騎士が言う。

「次はオレが行こう」

 そう言って前に出たのは淡いクリーム色の髪を靡かせ白銀の鎧を身に付けた、絵も言われぬ煌びやかな姿の騎士だった。


「オレは騎士、アディライトだ!どうだろう、私の元に来ては貰えないか」

「嫌です」

「な、何?このオレに向かって……あなたはオレに勝てると思っているのか?」

「多分」

「そもそも、この試合に出ると言う事は誰かの妻になると考えての事ではないのか?」


「いいえ。私には心に決めた方がいるので……皆様には諦めていただきたくこちらに参りました」

 ヴェイルが真っ直ぐ顔を上げて言った。


「馬鹿な。我ら5人の誰かに負けるとは思っていないのか。あなたが思いを馳せているのは誰だ!我らより強いのか?」

「強いです。その方の名は……」

 ヴェイルは一瞬ハッとした。今、自分は女性の姿だ。そもそもアリアの名前を出すのはまずい。トラフェリアの王女ではないか。


 ―—他に誰か別の男はいないか?父上は既婚者だし、リュークの名前を出すのはなんだか腹が立つし……兵の中の誰かを言うのも後で揉めそうだし。

 彼は悩んだ。


 アディライトと名乗った騎士が言う。

「やはり嘘ではないか。なら負ければ大人しく我が元に来い!」

 彼が冑を被って勢いよく言う。

「行くぞ!」

「あ、待っ……」

 走って来たアディライトが振った剣がガシリとヴェイルの構えた模擬刀に当たり、ボキリと折れてしまう。


 折れた模擬刀を見て、ヴェイルの心に冷たい汗が走った。


 ―—それ、真剣?!


 まずいと思ったのだが騎士は止めようともせず彼に振りかぶる。

 ヴェイルはそのまま低くなって彼の身体の下に入った。


強化ゴウラス!」

 詠唱と同時に左肘の鎧が淡く光って硬化した。左足で入り身の体勢を取り、その肘を勢いを乗せて相手の胸元へ鋭く突き込む。

 鎧越しに鈍い衝撃が伝わり、騎士の動きが一瞬止まった。


 怯んだ隙を逃さず、右足で踏み込み右拳を顎へと突き上げた。頭がぐらりと浮いたその瞬間、右に一瞬身体を捻りながら左足を軸にし右脚で鋭く上段回し蹴りを掛ける。ソルレットのくるぶしが首元を打ち据えた。


 その間は僅か数ラクタ(1ラクタ=1秒)の事である。

 「ガギンッ」と鋼がぶつかる音が響き、騎士の体が崩れ落ちて行った。


 装甲の胸部と首元にはひびが入り、一部がパキリと音を立て剥がれ落ちた。


「ふう……模擬戦だよな?真剣は流石にまずいだろ」

 ヴェイルは構えを解き、わずかに肩の力を抜いて深く息を吐いた。


 そして残る3人に向き直り、声を張り上げた。

「私は強い方の元にしか行きません!私が思いを寄せているのは……ナザガランの魔王陛下、ヴェイル=ヴォルクリア様ただお一人です!」


 闘技場が歓声で割れんばかりに揺れた。


 ――お れ は い ま な ん と 言 っ て し ま っ た …?――


 言ってしまった後で恥ずかしさが込み上げ、ヴェイルの頬がわずかに赤くなる。

 しかも観客は異様な盛り上がりを見せている。


 ――な、何故?何にそんなに盛り上がってるんだ…?


 結局各国への説明では、ルガリエルに献上されたミレーヌ姫が、国王シュダークに個室で襲われている所に『死を偽装しておいた』魔王ヴェイル=ヴォルクリアが現れて彼を亡き者にし、その時に密かに連れて来ていた少女(今の自分、リィナ=エミルだ)がミレーヌ姫と交代して武器庫で戦乙女の鎧を借り、ユガドの樹を破壊したという事になっている。


 その功績がトラフェリア国内で広まっており【魔王ヴェイル=ヴォルクリア陛下】の人気が鰻登り中である事を彼自身は知らなかった。


「待てよ……見た目あんな美女だけど……中身ヴェイル本人だよな…?」

 のんびり観客席から見ていたリュークが、ボソリと呟いた。

 その声には、半分呆れ、半分笑いが混じっていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?