帰宅部――。
それは、世間一般に言うところの「部活に属さない学生」を指す言葉だ。
そう、あくまで一般的には、だ。
だが俺、
「帰宅部」という部活が存在する。
もう一度言おう。
「帰宅部」があるのだ。
今日は新入生向けの部活動紹介会の日。
校庭に面した講堂は、人でごった返していた。
サッカー部は爽やかにシュートの実演を披露し、バスケ部はリズミカルなパス回しを見せる。演劇部は軽妙な寸劇で笑いを誘う。どの部も新入部員獲得に必死で、体育会系の熱気が満ちている。
そんな中、俺はステージ袖で眉をひそめていた。
「帰宅部」が呼ばれたのだ。
「えっ、帰宅部ってなんだよ?」
心の中でつぶやく俺の耳に、ざわめきが流れる。
いくつかの目がこちらを見ている。
司会が叫んだ。
「次は帰宅部の紹介です!」
「マジかよ、どんな部活だよ、帰宅部って……」
客席から漏れる笑い声に拍車がかかる。
すると、ステージの後ろからゆっくりと三人の学生が現れた。
第一印象は――異様だった。
「きりーつ!」
「きをつけー!」
「お願いしまーす!!!」
声がでかい、うるさい、しかも揃いすぎ。
まるで体育会系のようなテンションだ。
俺は思わず顔をしかめた。
「帰宅部なのに、なんで体育会系みたいなノリなんだよ…?」
ステージ中央に立ったのは、帰宅部の部長らしき男。
背は高く、整った顔立ちに涼しげな眼差し。
黒縁眼鏡の奥からは、知的な光がチラリと見えた。
しかし、その表情はどこか陰鬱で、まるで毎日の活動が苦痛なのを隠しきれていない。
彼は深く息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「我々帰宅部は、"目指せインターホン" を合言葉に活動しております。」
「目指せインターホン?」
客席から困惑の声が漏れた。
彼は苦笑いを浮かべながら続ける。
「そうです。インターホンのように毎日、確実に家に帰ること。これが我々の目標であり使命なのです。」
俺は思わず吹き出しそうになった。
「そんな目標、当たり前すぎるだろ…」
部長は続けた。
「そして、我々は毎日、7限目の後に20分間のミーティングを開催し、前日の下校時に起こった出来事を全員で報告し合います。」
20分!?
俺の心は揺れた。
「…微妙に長くないか? しかもなんで帰宅後の報告会なんだ?」
「ていうか、なんで入部する前提で話してんの、俺…?」
焦りがじわじわと俺の頭を覆い始める。
そんな俺の視線の先に、一人の女子生徒がふと映った。
帰宅部の副部長、三浦絵里。
彼女は明るい茶髪をポニーテールにまとめ、ちょっとだけスポーティーな服装だ。
大きな瞳はキラキラと輝き、笑顔は優しく、しかしどこか鋭い。
彼女が口を開いた。
「実はね、今年の帰宅部はあと2人以上入らないと廃部になっちゃうの」
場内にどよめきが広がる。
「だから新入部員は大歓迎です! 一緒に活動報告会、やろうよ!」
その言葉には熱意が込められていた。
俺は思わずツッコミを入れた。
「ていうかさ、副部長、部長はどこ行ったんだよ!?」
副部長は少し間を置いて、くすっと笑った。
「部長はね――幽霊部員なの」
「は?」
「えぇ、そう。普段は全然顔を出さないし、連絡もほぼないの。でも責任はしっかり部長にあるのよ」
「幽霊部員ってなんだよ!」
会場は笑いに包まれた。
俺は心の中で決めた。
「帰宅部、絶対入らねえ」
でも、どこかその奇妙な“部活”の空気に惹かれている自分もいた。
帰宅部――それは、普通じゃない“普通”の居場所だった。
部活動紹介会が終わると、俺はポケットのスマホを取り出した。
「帰宅部に入らない」という意志と裏腹に、なぜか副部長の三浦の明るい笑顔が頭から離れなかった。
「もしかしたら、ここに俺の居場所があるのかもしれないな…」
そんなことを考えながら、俺はぼんやりと夜空を見上げた。