「というわけで〜今日はハイハイで帰りま〜す♡」
風間ルイが教室のど真ん中で声高々に宣言した。
俺、秋山翔太は呆れ果てた顔で彼を見返す。マジでやんのかよ……。いや、やるんだろうな、こいつなら。
「「「はーい!」」」
クラス中の帰宅部メンバーが一斉に手を挙げて答える。軽いノリの中に、どこか諦めが混じっているのが俺にはわかる。
「ハイハイだけに♡」
シーン
だが、ここで終わりじゃなかった。
「……こほんっ!じゃあみんな!教室から出た瞬間からハイハイで帰るよ〜♡そうじゃないと普通に歩いて帰るバカがいるかもしれないからね。」
風間はすっと俺の方をジロッと見た。
「ばぶぅっばぶばぶっ!!(わかったでござる!武者震いするでござる!!)」
と、山田ゴンザレスが赤ちゃん言葉で答えた。そう、俺たち帰宅部の“特別ルール”により、今日から普通言葉禁止令が発令されている。
「お前……赤ちゃん言葉使うとかマジかよ……」
俺は静かにツッコミを入れるが、すでにゴンザレスの顔はにやけている。
「いいね〜♡じゃあ〜みんな今から赤ちゃん言葉使って〜♡もちろん僕以外♡」
「「「ばぶぅ!!!(了解!)」」」
「お前……◯すぞ……!!!」
俺の心の叫びが教室中に響いた。
副部長、風間ルイ。ドS。生粋の俺たちのヒエラルキーの中でも頂点に君臨するほどのドS。しかも、ちょっとしたサディスト要素が天然で混ざっている。
そんな彼が今日も俺たちを翻弄する。
こうして俺たちは「ハイハイで帰宅する」という、人生最大の屈辱プレイを強制されたのだった。
教室のドアを開けた瞬間、俺たちは「赤ちゃん帰宅部」へと華麗に変身する。
まず驚くのは足元の感覚だ。畳みかけるように、膝を床につけて、四つん這いになるという姿勢は、普段の人間生活ではほぼ使わない筋肉を強制的に覚醒させる。
「はーい、みんな準備はいいかな? じゃあ行くよ〜♡」
「「「ばーぶ!(はーい!)」」」
「ばぶぶ!(せーの!)」
「「「ばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶ」」」
風間はスキップするように四つん這いのまま、先頭を切って進む。彼のカーディガンの裾がひらひらと揺れるのが妙に愛らしい。……いや、何考えてんだ!俺は!
黒川瑠璃は静かに舌打ちをしながら、仕方なく俺の隣に並ぶ。彼女は無口でクールだが、こういう“イタイ”イベントには不思議と弱い。
「もうね……やってらんねぇわ……」
瑠璃がぽつりと呟くのが聞こえた。
その隣でゴンザレスは一心不乱に「ばぶばぶ」と言いながら、ピョコピョコと尻を上下に揺らしている。
「ゴンザレス、バブバブうるせぇよ」
俺は呆れて言ったが、ゴンザレスは「ばぶぅ!」とごまかすだけだ。
帰宅部メンバーは、どこかで見られたら人生終了レベルの姿勢で、学校の廊下を這っていく。
さて、ここでこの物語の“帰宅部”について語ろう。
我らが帰宅部は、正式な部活ではない。部活には加入しない派の集まりで、部長不在のゆる〜い組織だ。メンバーは放課後の居場所を求め、そして、誰もが「楽しいバカ」を全力で楽しむためにここに集まっている。
特に風間ルイは、このゆるい組織において数少ない“リーダー”的存在。実際は、メンバーの無茶振りに乗ってあげてるだけなのだが、なぜかそのドSっぷりで皆から敬われている。
ちなみに、俺、秋山翔太はこの帰宅部の“つっこみ役”。
普段は理性的で真面目なタイプだが、こういうふざけた空間に巻き込まれると、もう諦めの境地になる。
風間ルイの真実をここで少しだけ暴露しよう。
彼は一見クールで端正なイケメンだが、その実、非常にドSであり、天然のサディストだ。だけど、決して仲間を傷つけるわけではなく、そのドSはどこか“愛”に溢れている。
たとえば、今回のハイハイ帰宅命令も、表面上は無茶振りだけど、実はメンバーの“絆”を深めるための妙案。
「みんな、たまにはこうやってバカやって、笑い合うのも悪くないだろ?」
これがルイの隠れた優しさだ。
廊下は長い。いつもなら足早に通り過ぎる距離も、四つん這いだと倍以上かかる。
「ちょっと待て! 俺の膝がもう限界だ!」
俺は声を上げた。膝には教室の床の硬さが直撃し、痛みがジンジンと響く。
「甘えるな、翔太!」
ルイが振り返りながら言った。
「赤ちゃん言葉は使わないのか?」
「ばぶぅっ!」
俺は仕方なく赤ちゃん言葉で返す。するとルイはニヤリと笑った。
「ほら、もういい感じじゃん♡」
横を見ると、瑠璃がふと俺に言った。
「こんなバカなこと、普通なら絶対やらない。でも……こうしてみんなとバカやれるのも悪くないな、と思った」
俺は驚いた。瑠璃は普段、感情を表に出さないタイプで、こういうことは言わない。
「意外だな」
俺は素直に返す。
「うん。たまにはいいかもな、こんな馬鹿みたいな帰り道も」
「ばぶぅ! バブバブバブ! (見て見て! 俺、超速ハイハイマスターでござる!!)」
ゴンザレスは膝を使わず、手だけで全力で這っている。まるで野生の猿のようだ。
「お、お前はもう赤ちゃんじゃねぇだろ!」
俺は思わず突っ込んだ。
帰り道の途中、ふと脇道に目をやると、薄暗い影が一つ、佇んでいた。
「お、おい……あれ、誰だ……?」
ルイも気づいたらしく、立ち止まった。四つん這いのまま。
「行くか?」
ルイが俺たちに問いかける。
「いや、普通に歩いてるやつがいる……」
それはなんと、俺たちのクラスの人気者、体育会系の
彼は普通に歩いて帰っていた。
「バカめ……」
ルイが舌打ちした。
「さあ、今日は負けられないぞ! 行くぞ、赤ちゃん帰宅部!」
こうして俺たちのハイハイ帰宅大作戦は、さらなる展開を迎えようとしていた。