「あ、あの、く、くくくく黒瀬先輩」
何がなんだか分からず、僕はタジタジになりながら先輩の名前を呼ぶだけで精一杯。黒瀬先輩はそんな僕を上目遣いで見つめながら、ほっぺたをわずかに膨らませる。か、可愛い……! 黙っていたら美人、笑ったりすねたりしたら可愛いなんて、反則ですよね!?
「玲奈って呼んで? 彼氏なのに、黒瀬先輩なんてよそよそしい呼び方しないで」
すでにキャパオーバーなのに、黒瀬先輩は僕をさらに追い詰める。もう、もう、……色々限界なんですが!?
「え? でも、一年生の僕が三年生の黒瀬先輩を名前で呼ぶなんて、さすがに……」
「いいの。彼氏には名前で呼ばれたいの」
「いや、黒瀬先輩……」
「玲奈、よ」
黒瀬先輩はにっこりと微笑みながらも、有無を言わせない口調で言い切った。あ、圧が強い。
「……れ、玲奈、先輩」
断りきれず仕方なく名前を呼ぶ。すると、黒瀬――じゃなかった玲奈先輩は少しはにかんだように笑った。
「……先輩はいらないのに。まあ、とりあえずはそれでいいわ」
嬉しそうにしつつ、玲奈先輩が僕の方にすり寄ってくる。ああああ!! だめだめ! それ以上近づかれたら、気絶するから!
「と、ところで、玲奈先輩! 僕たちなんで付き合うことに?」
玲奈先輩からさっと距離を取り、ぎこちない笑みを浮かべる。
「実はね、私は未来が分かるの」
「え……?」
「私と結婚しなければ、直人にはとてつもなく不幸な未来が待っているのよ」
何なの、コレ? ドッキリ?
何かの冗談なのかと思ったけど、玲奈先輩は大真面目な表情で僕を見つめている。会長が僕を騙しても得しないだろうし、まさか本当に……? いやいや……。
「どんな不幸が待ってるんですか……?」
「心して聞いてね」
深刻そうな表情を向けられ、僕は大きく息を吸う。
やばい、緊張してきた。どんな不幸が来るんだ。
「四十歳の直人は自炊するのが面倒になり、毎日コンビニ弁当かカップラーメン生活になる。でもね、三回に一回はカップラーメンの湯切りに失敗して、麺を丸ごと落とすぐらいには不幸よ」
玲奈先輩はハァとため息をつき、哀れみの視線を僕に向ける。
「地味に嫌なやつ!」
不幸って言うから、もっとこう、病気とか事故とかとんでもない大惨事が待ち受けているなと思ったら、そういうのかよ! 想像とは違ったけど、絶妙に嫌な未来じゃん。
「まだあるわよ。直人は五十歳になっても独身彼女ナシ。しかも、飼っているペットのうさぎにも嫌われるの」
「うわ、めちゃめちゃ寂しい人生……!」
僕、うさぎにまで嫌われる才能あるの!? 彼女がいないのはまだしも、せめてペットはなついてよ。
「とにかく私のいない君の未来には、とんでもない不幸が待ち受けているの」
「マジですか。急に不安になってきました……」
「でも、大丈夫よ、直人。私が君を救ってあげる」
キスでもできそうな至近距離で笑いかけられ、ドキっとしてしまった。
「ありがと、う、ござい、ます……?」
あ、ありがとうなのか?
これって、ありがとうで合ってる?
「というわけで」
玲奈先輩はコホンと咳払いをして、姿勢を正す。
「白井直人。本日付けで、君を生徒会書記ならびに黒瀬玲奈の彼氏に任命します」
「……は、」
途中でハッとして、言葉を引っ込める。
危な……。今、思わずハイって言おうとしちゃったよ。
「ちょっと待ってください。いきなりそんな書記とか彼氏とか言われても、困るというか……」
「彼氏になるなら、いつでも近くにいなきゃダメでしょ? それに、君は部活は入ってないから、時間はあるわよね」
断りモードに入った僕を遮るようにして、玲奈先輩はすかさず言った。だから、なんでそんなことまで把握してるの!?
「そ、それは……はい」
「私の彼氏になって困ることもないはずよね?」
「いや、まあ、そうなんですけど、でも、ちょっと……」
玲奈先輩にグイグイ来られ、タジタジになってしまう僕。
困ることはないっていうか、光栄過ぎて逆に恐縮しちゃうというか。……いや、やっぱり困る!
だって、絶対僕、玲奈先輩に憧れている数多の男子に恨まれるじゃん! ごくごく普通に平和に過ごしたいだけなのに、入学早々目をつけられたくないんだけど!
「今付き合わなくても、私たちは未来で結ばれる運命よ。だけど、万が一直人に他の彼女が出来たり、私に彼氏が出来たら、未来が変わってしまうかもしれない……」
一人で頭を抱えている僕に対し、玲奈先輩は急に深刻そうな表情でそう言った。
「はぁ……」
「そうなってしまえば、直人の未来には不幸が訪れる。だから、私たちはいつも一緒にいないとダメなの」
う、うわー!! 玲奈先輩が急に僕の両手をギュッと握ってきて、体温が一気に上がったような気が。
玲奈先輩って、こんなキャラだったの?
クールで、近寄りがたくて、頼れる生徒会長ってイメージだったのに。なんかやたら距離感近いし、未来が分かるとかよく分からないこと言ってくるし、全然イメージ違うんだけど?
地球が滅亡するとかいう予言も当たってないし、超能力とかあんまり信じられないんだよね。毎日見てるテレビの星座占いも一度も当たったことないし。
それに、そもそも玲奈先輩の話が本当だとして、何で玲奈先輩は好きでもない男を救おうとしてくれるんだ? もしかして、僕のこと前から知ってた……とか?
違う、よな? もしそうだとしても、玲奈先輩だったら、もっと良い男がいくらでも選べるだろうし。僕が地味に嫌な不幸に襲われてても、放っておけばよくないか? ボランティア精神とか?
「ど、どうしてそこまでして、玲奈先輩は僕を助けてくれるんですか?」
「それは……」
玲奈先輩は少しためらってから、にっこりと微笑む。
「君はもう答えを知ってるはずよ」
ええ……? なになに? 謎かけ?
全然分からないんだけど。玲奈先輩が本当に未来を見えたとしても、僕には何一つ見えてこないから。
「あの、玲奈先輩を疑うわけじゃないんですけど、やっぱりいきなり未来のことを言われてもピンとこなくて」
玲奈先輩から少し距離を取り、曖昧な笑みを浮かべながら伝える。
「そう、信じられないのね」
「ああ、いや、そういうわけじゃ……」
「違うの?」
「違……わないです」
「じゃあ、今日これから直人に起こる未来を当ててあげる。もしそれが的中したら、私を信じられるでしょ?」
「はぁ……」
「五時間目、君はバスケの練習試合で張り切りすぎて、シュートと同時に転び、みんなから笑われる」
「え?」
「六時間目、君は数学の宿題だった問題に答えられなくて、先生に怒られる」
その瞬間、僕は言葉を失ってしまった。だって、五時間目が体育で、六時間目が数学なのはその通りだったから。
生徒会長って、全クラスの時間割り把握してるものなの? それとも、本気で未来が分かるの?
いやいや、……ただの偶然だよね?
今日の体育はサッカーだし、数学の宿題はちゃんと昨日やってきた。だから、玲奈先輩の予言はもう当たらないことが確定したようなもの。
「私の予言が当たらなければ、信じなくてもいいわ。でも、もし両方とも当たっていたら、君は今日から私の彼氏。それでいい?」
そう言いながら、玲奈先輩は僕に腕を絡ませてきた。
いや、もう彼氏彼女の距離感じゃん。ドキドキしちゃうから、本気でやめてほしいんですが!
「は、はい」
結局玲奈先輩の勢いに押し切られ、僕は戸惑いがちに頷いてしまった。