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第三話 予言的中?

 黒瀬――じゃなくて、玲奈先輩からいきなり未来の夫宣言をされた日の放課後。僕は生徒会室のドアの前で立っていた。


 すーはー……、すーはー……。

 ああああ! やっぱりダメだ!

 何度深呼吸をしてみても、入る勇気が持てない。

 だって、ここに入ったらきっと……。


 生徒会室の前で棒立ちすること、十分。

 いまだに僕は中に入るかどうかでウダウダしていた。


 そうこうしているうちに、ドアが中から開く。


「うわっ」

「直人!」


 ドアを開けたのは、玲奈先輩。彼女のグレーの瞳と目がが合った瞬間、腕を引っ張られ、部屋の中に引きづり込まれる。


「れ、玲奈先輩!」

「だから、言ったでしょ? 私は未来が分かるの。君がここに来ることもお見通しよ」


 後ろ手でドアを閉めながら、玲奈先輩は勝ち誇ったように笑う。生徒会室の中には、僕たち以外は誰もいなかった。


 さりげなく回りを見てから、玲奈先輩に視線を戻す。


「……玲奈先輩の予言、バッチリ当たってました」


 引きつり笑いを浮かべ、僕は敗北宣言をする。

 未来が分かるなんてさ、どう考えてもありえない。

 でもさぁ、もう信じるしかないんだよ。


「五時間目。本当は外でサッカーのはずだったのに、雨で体育館でバスケに変更になりました」


 ため息混じりに言って、首を横に振る。

 て、あとは玲奈先輩の言った通りだ。


 かっこよくシュートを決めようとした瞬間に足がすべり、盛大に転んでしまった。それで、『直人やるじゃん』ってみんなから笑われたんだよな。


 まさか何もないところで転ぶなんて。体育館の床、僕に恨みでもあるのか!? 思い出しただけでも、顔から火が出そうだよ。


「六時間目。家でしっかりやってきたはずの数学の宿題ノートを忘れました。しかも運悪く先生に当てられたんですよね……」


 宿題を忘れたことでパニックになっていた僕は先生からの質問に答えられず、みんなの前で怒られてしまった。


「玲奈先輩の予言、二つとも的中です」

「やっぱりね。直人のことなら、なんでも分かるの」


 玲奈先輩がじっと僕を見上げ、そのまま顔を近づけてくる。……ん? え? これって……!


「ちょ、ちょ、ちょ、なんですか!? 近いですって!」


 背伸びして接近してくる玲奈先輩の肩を押さえ、ぐっと遠ざける。い、今のって、まさか……。


「何って、キスだけど?」


 玲奈先輩が僕の頬をツンとつつき、クスリと笑う。


 か、かわわわわ、可愛すぎだろ……!! しかも、き、キスって! なんでもないことのようにしれっと言うものじゃないですよね!?


「未来では、毎日キスするのが確定路線なの。おはようのキス、おやすみのキス、いってらっしゃいのキス、もちろんおかえりのキスもね」


 未来の僕たちって、バカップルなの!?

 こんなに可愛い人とおはようからおやすみまでキスなんてしてたら、僕の心臓が過労死するって!


「私の予言が当たったんだから、今日から直人は私の彼氏よね?」

「確かにそう言いましたけど、でも……」


 さすがに展開早すぎない?

 ぐだぐだと言い訳を並べていたら、また玲奈先輩の顔が迫ってきていた。うっ、唇の形まで綺麗だ。……じゃなくて! 必死に顔を背け、手で玲奈先輩を押し返す。


「あ、ちょ、や、だから! 待ってくださいって!」

「嫌なの?」


 玲奈先輩の声がかすかに曇る。そっと彼女の様子を窺う。すると、明らかにシュンとしてしまっていた。


「嫌とかじゃなくて……!」


 嫌なわけなくない!?

 女の子と、しかもこんなに可愛くて美人な先輩とキスなんてご褒美だよ! でも、さすがにちょっと、まだ心も頭もこのハイスピード展開に追いついていかないんだよ!


「未来の僕たちは毎日キスしてるかもしれないですが、僕たちはまだ付き合って一日目ですよね。なので、あの、だ、段階を踏んで、少しずつ進んでいきませんか?」

「段階……?」


 玲奈先輩はあごに手を当て、考え込んでいるみたいだった。


「は、はい。段階です」


 納得してくれ〜!!

 心の中で念を送りながら、僕はコクコクと頷く。


 しばらくして、玲奈先輩がふいに顔を上げる。


「徐々に距離を縮めていくのも、新鮮で悪くないのかもね」

「そ、そうですよ!」


 納得してくれた、か……?


 ホッとしたのも束の間。玲奈先輩は背伸びをして、僕の耳元に口を近づける。


「未来の私たちはとっくに深い仲になってるけど」

「な、ななななな、な、何言って……!」


 ふ、深い仲……!

 囁かれた瞬間、一気に顔が熱くなったのが自分でも分かった。なん、……なんなんだよ、もうー!! 想像しちゃったじゃん!


「直人のために、合わせてあげる」


 クスクス笑う玲奈先輩は、悔しいぐらいに可愛い。


「照れ屋なところ、本当に全然変わってないのね」


 玲奈先輩が懐かしそうな目で僕を見つめる。

 ……? 未来でも僕はこんな感じってこと? 大人なんだから、少しは慣れろよ僕。


「じゃあ、手を繋いで一緒に帰りましょ?」


 そう言って、玲奈先輩が僕の手をぎゅっと握る。


「え、ちょ……」

「キスはおあずけとしても、手を繋ぐぐらいはいいよね?」


 玲奈先輩はそのまま僕の手に指を絡め、笑みを深める。

 お、おわー! や、やわらか……! こんなのドキドキしすぎて無理!


「へ、いや、そ、それは……、あ、あの! 今日は生徒会はないんですか?」


 ワタワタしながらどうにか玲奈先輩の手を外し、長机の上を見る。机の上には書類が積まれているから、たぶんさっきまで玲奈先輩が生徒会の仕事をしてたんだろうな。書記の僕は何をすればいいんだろ?


「今日は休みよ」

「え、あ、そうなんですか」

「そう。だから、問題ないわよね? 初めての放課後デート行くわよ」


 決定事項のように言って、玲奈先輩は再度手を握ってくる。


「ええ……。あ、ちょっと! 学校の中から手を繋いでいくのはさすがにマズイですよ。ほら、先生とか誰かに見られたりしたら、気まずいですよね?」


 またさりげなく彼女の手を外し、苦笑いを浮かべる。


「何か問題あるの?」

「問題大アリですよ!」


 何言ってるのか分からないって顔をして、玲奈先輩は咎めるような目で僕を見てくる。もう、本当に何なんだこの人は。


 しばらく間があってから、玲奈先輩は小さく息をつく。


「分かったわよ。学校から少し離れてから、手を繋ぎましょう。それでいいのよね?」

「そ、それなら、……はい」

「決まりね、行きましょ」


 玲奈先輩がふふっと笑い、椅子に置いてあった紺色のスクールバッグを手に持つ。そして、そのままドアの方へと歩いていく。彼女の姿をただ目で追うだけで精一杯で、僕は棒立ちのまま動けなかった。


 はいって言っちゃったよ!?

 いいのか? なんか付き合う流れになってるけど!


 そりゃ彼女がほしいとはずっと思ってたよ?

 いちゃいちゃしたいし、キスだってしたい。

 でもさ、さすがに玲奈先輩みたいなハイスペックなお方が僕の彼女なんて、恐れ多すぎない?

 それに、本気で展開早すぎなんだよ。今日初めて話したのに、まだ好きとかそれ以前の問題だし。いくら未来のためとはいえ、玲奈先輩は本当に僕でいいのか? 


 一人でぐるぐる考え込んでいたら、玲奈先輩が不思議そうにこちらを見つめていた。


「何してるの? 直人」

「あ、い、今行きます」


 玲奈先輩から呼ばれ、僕もそそくさと彼女の方へ。


 ああああ、もう付き合うの確定じゃん。

 どうするの、これ? 未来のこともまだ実感ないのに、玲奈先輩はいきなりゼロ距離だし。

 これからどうなっちゃうの? 大丈夫なのか? 僕ー!?




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