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09


 精霊化――特定の魂に干渉し、生物としての制約を破棄、精霊としての存在を確立する秘法。大精霊以上の上位存在が行使可能。


 精霊――魔素と共に世界を揺蕩たゆたう者達の総称。精霊となる前の魂の状態により、精霊としての格が決まる。


 大精霊――世界より称号を与えられた精霊、もしくは、精霊となった称号付与者が、精霊神の承認を得ることで世界に認められた存在。

 他の精霊と異なり、活動体と呼ばれる現世での身体が、精霊神より授与される。



「――レナおねえちゃん、怖いよぉ……」

「だ、大丈夫、お姉ちゃんがいるよ……」


 銀髪美少年と狐耳の金髪少女は今、粗雑な作りの馬車の中で、激しい揺れをまともに受け止めながら運ばれ、やがて馬車が止まる。目的地に着いたのだろう。

 そこは、森深い辺鄙へんぴな土地に建てられた、とある帝国貴族の別邸であった。

 いかにもな盗賊姿の男たちが、二人を乱暴に連行し、連れていかれた先は、屋敷の地下牢。そこには、二人のような獣人の少年少女だけではなく、耳の長い者たち――エルフの少年少女も多数囚われていた。

 二人もまた囚われの身となってしまう、否、目論見通り、囚われの身になる。


 そして、狐耳の銀髪少年が、不敵に笑う。



 ミーティアル帝国南方の国境地帯には、二名の帝国貴族の領地が東西に分かれて存在する。

 セルゲイ=ガーデス侯爵――国境地帯東部の都市バルシアを領都とし、周辺地域を治める。

 ヨハン=アルバイン侯爵――国境地帯西部の都市アルシアを領都とし、周辺地域を治める。

 また、ミーティアル帝国の国境地帯における対ファルデア王国の軍事方針は、二侯一軍。

 二つの侯爵領兵による合同軍を興し、ファルデア王国との国境地域での争いに専念させるのが、ファルデア王国に対する帝国の軍事方針である。

 なお、同じ侯爵という立場ではあるものの、帝国内における発言力、影響力は、セルゲイ=ガーデス侯爵に軍配が上がる。

 その理由は、セルゲイ=ガーデス侯爵が、ミーティアル帝国第六皇子の後見人となっていることにある。

 第六皇子の名は、エレン=ミーティアル。


 エレノア=ヴァルスターの実弟である。



 ガーデス侯爵領都バルシア。十年前の政変以降、政治方針が軍備増強に傾いたことで、富裕層と貧困層との格差が異常なまでに広がっており、本来であれば正常な都市運営など望めない、そのような都市である。

 だが、今もなお、バルシアという都市は、なぜか存続している。


 そこにはカラクリがある。


「――何者だ?」

「やあやあ、はじめまして♪」


 侯爵領都バルシア中央部には、いかめしくも華やかな巨大建造物が建つ。

 そして、その建造物の地下深くにて、銀髪の美少年と鎖に繋がれた精強な老人が出会う。


「魔物……には、見えんな」

「あはは!ボクみたいに可愛い淫魔がいたら、世界中の女の子たちが困っちゃうね♪」

「ふっ……もしや、何処いづこかの大精霊さまであられますか?」

「おや、珍しい――」

「誰も彼もが精霊嫌いというわけではございませんので――」


 かつての東征――ミーティアル帝国による大陸東部の大森林地帯への侵略失敗以降、帝国上層部による精霊の民を嫌厭する風潮は、強く根深く現代まで残り、その結果、帝国の精霊嫌いは有名な話となっている。


「キミのことを救ってほしいってお願いされてね、大人しく救われてほしいんだけど――」

「――今は、お断りいたします」

「……今は?」

「はい……大精霊さま、わたくしより、お願い申し上げてもよろしいでしょうか?」

「んー……いいよ!聞いてあげる♪」

「慈悲深きお言葉、感謝いたします……わたくしの願いは――」


 老人の願い、それは、銀髪の少年が老人の元にやってきた理由にも繋がるものであり、銀髪の少年に断る理由はなかった。

 残る問題は、銀髪の少年への報酬のみ。


「――存じております。わたくしが差し出せるものはただ一つ。御身にこの身を捧げ、永遠の従僕となることです」

「なるほどなるほど……キミ、面白いね――」


 本来ならば、銀髪の少年が承諾するわけもない、その報酬。老い先短い者が、上位存在への捧げ物として不適当であるのは、この世界においては常識。


 だからこそ――


「――いいよ!キミの願い、聞き届けた♪」


 銀髪の少年が、老人の願いを聞き届けることなど、本来ならばあり得ないこと。あり得ないことが起きる時、そこに理由が存在するのが道理。ならば、その理由とは何か。


 この老人の正体、それこそが理由である。


 かつてミーティアル帝国を揺るがした政争。皇位継承者候補五名の殺害を含めた大規模な政治闘争において、許されざる大罪を犯したとされた者がいた。

 第二皇子第三皇子殺害ならびに第四皇妃、第五皇女の国外逃亡幇助ほうじょ

 本来ならば極刑となるほどの罪だが、その者の肩書き、そして、その肩書きにふさわしいだけの力を有していることが、その者が現在まで存命している理由。

 今は亡きバルファトス侯爵の懐剣と呼ばれし者、バルシアの剣と呼ばれし者、帝国史上最高の将軍にして――騎士の中の騎士、と、今なお謳われし者。


 その者の名は、レヴァス。世界より『剣聖』の称号を授かりし、世界が認める武人である。



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