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「――無事に会えたみたいっすね?」
「もっちろ〜ん!あ、そっちも食べたーい♪」
「は、はい……あ、あーん――」
「んむ、ん、ん……うん、美味しい♪」
「良かった……まだお食べになりますか?」
「うん!同じのちょーだい♪」
「は、はい!」
「くっくっく、楽しそうで何よりっす♪ 続き、聞かせてもらってもいいっすか?」
「はいはーい♪」
ガーデス侯爵領都バルシア貴族街。そこは、バルシアという都市において最も煌びやかな場所、その一角に建つ、一際豪奢な建物の一室。
そこのソファに、精霊神ソーマが横たわっていた、専属メイドに膝枕&料理を食べさせてもらいながら。傍らには、眠りこける三ツ首の小さな黒龍。
対面には、長耳薄緑髪の少女。
「――なるほど、そう来ましたか……」
「どうするー?エルっち、呼び戻す?」
「いえいえ、今回はウチに任せてください!エルス先輩に、いつまでもおんぶに抱っことかダサいっすからね……ところで、精霊神さまを自由に動かすのって、特に問題はないっすか?」
「別に良いよ〜♪あ、もふもふしたーい♡」
「は、はい……んっ!?」
「了解っす!それなら、メイドちゃんと一緒に、やってほしいことがあるっす♪」
人懐っこく快活な印象の朗らかな彼女は、ソーマ達が現在とてもリラックスしてくつろいでいる施設の責任者。
その施設は、商いに携わる者であれば、この世界の誰もが一度は世話になったことがあると云われている世界最大の組織、その支部。
ダスクード大陸東部、大森林地帯最奥に、その組織の本部は拠点を構えている。
その組織の長は、大森林地帯を統べる者。
大森林地帯を統べる者――精霊神。
その組織は、精霊神の名の下に永世中立を掲げ、信条とし、この星の大陸全てに支部を構えることで、完全にして絶対的に安定した貨幣流通を実現した。
その組織の名は――商工ギルド。
彼女の名は、シエル=ド=アルベルン。
ミーティアル帝国商工ギルドのグランドマスターの肩書きを持つ彼女は精霊の民、いわゆる、森エルフのひとり。御歳百十六歳のうら若きエルフである。
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「――だってシエルン、ちっぱいじゃん!」
「がっ、ぐっ、ぬぅぅ……あ、あと百年もすれば、きっとウチだって――」
「シエルン、ボクのレナを見てごらん!」
「え、え……?」
「なっ!?せ、精霊神さま、まさかっ!?」
「狐人のレナの期待値はすごいんだ!あと五年もすれば、ボンキュッボンだよ!」
「ぐふっ!?」
「ふぇっ!?」
獣人の中でも、容姿に優れた者が多いことで知られる狐人、特に女性の容姿は絶賛されることも珍しくない。狐人女性で特筆すべきは身体の曲線美、その振れ幅は大きく、芸術と評価する者も多い。女性の豊満な胸部大好き精霊神が、狐人であるレナに期待するのも当然といえば当然のこと。
そして、エルフ。容姿端麗な者が多いことで知られており、男女問わず、憧れの的である。ただし、エルフは長命種。獣人のような短命種と比較すれば、成長は遥かに遅い。
つまり、御歳百十六歳のうら若きエルフの少女であるシエル=ド=アルベルンの胸部の膨らみは極めて乏しい、悲しいほどに。
無論、胸部の膨らみの大小で女性の価値が決まるわけもなく、精霊神ソーマのように豊満な女性の胸部を好む者たち特有の価値観である。
なお、今現在、十四歳のレナの方がシエルよりも胸部の膨らみがあるように見えるのは、きっと気のせいではないのだろう、シエルが羨望の眼差しで、レナの胸部を見つめていた。
ちなみに、この言い合いのきっかけは、女性の豊満な胸部大好き精霊神ソーマの嗜好を、シエルがなんとなしに
なんにせよ、精霊神さま御一行が動き出す。
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「――当たりってことかしら?」
「さて、どうかな……む?」
精霊神が専属メイドとイチャイチャし、残念胸部エルフとわちゃわちゃしている頃、ガーデス侯爵領都バルシア郊外の森にて、エレノア、エルスの両名が動いていた。
その森は未開領域と呼ぶほどではない、比較的魔素の薄い場所。だからこそ、エレノアもエルスも、この場所に当たりをつけた。この世界の常套として、この森のような場所に何かを隠す可能性が高いからだ。
もちろん、単なる当てずっぽうで選んだわけではなく、帝国商工ギルドグランドマスターであるシエル=ド=アルベルンからの情報を元に探索する場所を絞っている。
商工ギルドは、ありとあらゆる商いに関わるギルド、その中には、都市開発を主とするような不動産業や建築業も含んでいる。
それはつまり、バルシアという都市、その構造を、図面として把握することが可能だということ。地表も地中も、全て
それだけの情報があるならば、求めている答えを探り当てることなど、深智のエルスにとって造作もない。
エルスが注目したのは、バルシア中央の巨大建造物から伸びる――地下水路。
複数の図面と照らし合わせると見えてくる地下水路に存在する不自然な空洞。その空洞の延長線上には、バルシア郊外の森。獣道のように偽装してある拓かれた道と、その起点に存在する森の中にポツンと点在する不自然な空き地。
それらの情報を繋ぎ合わせると、自ずと答えが導かれる。資金に余裕のある上位貴族であれば、いざという時の避難の手段として採用する可能性が高い、とある魔術の存在がエルスの脳裏に浮かんでいた。
そして実際に、エレノアとエルスの目の前で、その魔術が行使される――突如、空き地の地面に、規則的な光の線が刻まれていく。地面に刻まれていく光がその動きを止めた次の瞬間、二人が探していたものがあらわれた。
「――当たりね」
「うむ……追うぞ――」
何も無かった空き地にあらわれたのは、鉄格子の付いた荷台をひく大型の馬車。鉄格子付きの荷台から見えたのは、幼い子供たち。
これが、ここ十年、バルシアという都市が存続していたカラクリ、その一端。
空間魔術のひとつ――空間転移によって秘密裏に子供達を誘拐している事実こそ、ガーデス侯爵領都バルシアの秘密に繋がる、最大の手がかりである。