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 魔道――魔素を用いた技術の総称


 この世界の主な魔道は以下の通り


 魔法

 魔術

 魔導

 聖術

 呪術

 精霊術

 死霊術


 〇〇魔法、〇〇魔術のように、各魔道にさまざまな属性や性質を伴わせたものを個別に呼称することもある


 また、複数の魔道を扱う者を魔道士と呼ぶ



「――キメラの素材提供ってこと?」

「左様。セルゲイ=ガーデス侯爵は、キメラの素材提供ビジネスで富を築いていると思われる。バルシアという都市、最大の収入源であるアレもまた、素材の入手先として十全に機能しうる。鬼畜の所業とはいえ、よく考えてあるものだ――」


 結界魔術によって隠匿されていた森の屋敷を、遠巻きに眺めるエレノアとエルス。

 空間転移によって運ばれていった馬車を追跡し、たどり着いたそこで、セルゲイ=ガーデス侯爵という帝国貴族の所業を、確度の高い推測を以て仮説を立てるエルス。


「バルシア名物の、ね……興行用の魔物を傭兵や冒険者に捕らえさせて、戦闘奴隷と戦わせる……悪趣味だとは思ってたけど、その実態が、それに輪をかけて酷いことになってるなんて……」

「あくまで仮説、机上の空論である。結論を出すのは早計。だが、そこまで的を外した考えではあるまい」

「……エルスさん、ちょっと疑問なんだけど、子供を攫う理由もキメラに関係するの?」

「関係も何も、むしろ幼き者達こそが、キメラ研究において肝要、最も重要な素材である」

「え、そうなの!?でも、なんで……もしかして……魂?」

「ほう、流石は最上位傭兵、察しがいい――」


 エルス曰く、キメラ研究における根幹技術、魂の複合において、基礎にして土台となる魂の選定が最も重要になる。


「――現世に生きる者の魂は、周囲の魔素などを取り込んでは魂の強度を高め、経験や知識を魂に刻み、それが肉体に反映される。そうやって我々は成長していく。長命の者がより強大になる理由でもあるな」

「……ひょっとして、ひとつの魂に他の魂をくっつけて、経験とか知識とかを無理やり刻むのが――」

「――その通り。それこそが、キメラの基本的な作り方である。故に、刻む余地が残っている未成熟な魂こそが、キメラ研究において最も重要ということである」

「だから、子供を攫うわけね……」

「うむ……あのキメラに使われていた素材は覚えておるな?」

「確か、ゴブリン、オーガ、ワイバーンにコカトリスだったかしら?」

「そのうち、ゴブリンとオーガは亜人、つまり、他の人型生物を転用しても作成は可能だろう。そして、キメラの強さは、素材の良し悪しで大きく変わる」

「だから闘技場ってことなのね」

「そういうことなのだろうな。しかし、この悪辣かつ情け容赦のないやり口、件の侯爵が考案したとは思えぬ。おそらくは――」

「それは確かにそうかも……」


 ミーティアル帝国を語る上で欠かせない、とある者達のことが、エレノアとエルスの脳裏に浮かんでいた。


 空間魔術の在り方を拡大解釈し、挙句の果てに到達してしまった者が確立した魔道――時空間魔術、その秘奥――異世界召喚。

 本来の異世界召喚は、生涯をかけて魂を強く美しく磨き上げた者が、世界のために己の魂を自ら捧げ、異世界から英雄に足る魂を呼び寄せる、時空間魔術の秘奥である。

 しかし、人族至上主義に染まった人族の魔道士が、一つの魂を呼ぶために千の魂を生贄とする術式を考案。その結果、生贄の怨嗟によって無垢な魂が歪められてしまう、呪われし魔道技術が確立することになる。

 己が弱きを受け入れられなかった愚者が縋ってしまった結果、異常と同義の混沌が如き存在が、この世界に招かれることになる。

 その者達は、この世界のことを遊戯盤のように見立て、嬉々としてこの世界の生物を殺す。

 自らの常識だけが絶対的な正義であると信じ、時折あらわれる離反者を決して許すことなく処刑する、自分達の正義の名のもとに。


 人族至上主義者の歪んだ思想が溶け込んだその魔道は、召かれ喚ばれた者達の思想に影響を与える呪いと化し、この世界の土を踏んだ者達のほぼ全てが、その考えに同意する。


 人族は、その全てが肯定されるべき、と。



 ミーティアル帝国北方、とある未開領域。そこには十数人の少年少女の姿、各々がその手に武器を持ち、そこに棲まう魔物を狩っていた。


(やっぱり、こんなのおかしいよ……)


 ゴブリンと呼ばれるそれを一太刀で葬り去った長い黒髪の少女は、自分自身の感覚がもたらす違和感に、ただひたすら困惑していた。

 比喩ではなく本当に虫も殺せぬ自分が、見た目が恐ろしいとはいえ人型の生き物を、手に握るロングソードで斬り殺してしまったことが恐ろしい、このようなことが簡単にできるようになったことも恐ろしい――そんなことを考えていた少女が最も恐ろしいと考えていること、実感していることがある。


(なんで……なんで、こんなことを私は――)


 少女の名はアカネ、姓はトウドウ。


(生き物を殺すことが楽しいだなんて……こんなの、絶対におかしいよ!?)


 それこそが、アカネを含め、この世界に召かれ喚ばれた者達にかけられた忌まわしき呪い。

 人族以外の生き物を殺すたび、えもいわれぬ爽快感と幸福感が身体を伝う――アカネが不幸だったのは、呪いに耐えうる強靭な魂を有していたこと。しかし、肉体にかけられた呪いを解くには魔道的知識が必須であり、アカネにそのような知識も力も無い。その結果、肉体と精神の感覚が乖離してしまい、その感覚の差に、アカネは苦しむことになってしまった。


 魔物を殺すことを、結果的に帝国から強いられているアカネは、肉体から与えられる感覚におぞましさを覚えながら、元いた世界に帰ることを願っていた。


 これは、この世界に起きている異常。


 アカネとは違い、人族以外の生き物を殺すことを、魂の奥底から愉しむ者達が確かに存在している。この世界に召かれ喚ばれた者達は、この世界にきたその瞬間から嬉々として、世界の邪悪――この世界で懸命に生きる、人族以外の存在を討とうとする者へと変貌する。

 人族以外の存在を殺すことは正しい、褒められるべきこと、だから大いに悦ぶべきだ、心の底から楽しもう――この歪んだ思想を絶対的な正義であると思い込む異常者と成るのだ。

 そして、世界の邪悪を討つべく戦ってあげているのだと高らかにうそぶく異常者達は、自分達が救ってやらねば死にゆくのみと勝手に思い込み、その世界に住まう人族にその呼称を強要する。


 我らこそが、世界を救う勇者である、と。



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