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 商人――この世界のありとあらゆる場所において、商いをする者は等しく商人であると、精霊神から認められる。両者が納得する売買が成立するなら、世界に存在する全てのものが商品になると精霊神が認めている。

 ただし、両者が納得していない、不平等な商いを強いた者は、精霊神の粛清対象となる。


 商会――商いに関わる経営組織における最小単位。会社組織や協同組合など、任意に派生する。基本的には、商人+従業員の構成。

 商工ギルドへの加入が必須。


 商工ギルド――ダスクード大陸東部、大森林地帯に本部を構える、経済的互助を主目的とした世界最大の組織。最高神が一たる精霊神の名のもと、永世中立を信条とする。

 世界各地にて完全同一比率の貨幣――精霊神貨を流通させ、大陸内、大陸間における物流インフラストラクチャーを形成、安定化させている。


 精霊神貨――白金貨、金貨、銀貨、銅貨の四つに分けられ、それぞれが大中小のサイズで分けられる。世界で唯一、精霊神のみ造貨可能。

 偽造した場合、精霊神に敵対したとみなされ、連帯責任として、所属している国ごと精霊神に滅ぼされると云われている。


 商工ギルドの存在こそが、精霊神への嘆願の際、金銭的価値のあるものが報酬に挙げられない理由である。



 男は耐えていた。ミーティアル帝国貴族が必ず通わねばならない貴族院時代から、領地も持たない男爵の三男と嘲笑われ、罵倒されても尚、帝国貴族の一員である誇りを頼りに、日々を耐えていた。


「な、何故、だ――」

「…………」


 男は憤っていた。おのが家名を世に知らしめる者は自分しかいない、と。これ以上、無能な者に己が家名を汚させるのは我慢ならない、と。


「何故、こんな……ことを――」

「…………」


 男は狙っている。継ぐべき家督を手にした男には、その都市を治める者が、あの忌々しい異端者どもを滅ぼすべく、何故、行動を起こさないのかが全くもって理解できない。


「何故、なのだ、ガーデス、卿――」

「……次はどうする?」

「ええ、そうね。次は――」


 男は動いた。ミーティアル帝国南方の大都市バルシアを治めていたバルファトス侯爵を暗殺した男は、バルシアの剣と呼ばれし将軍レヴァスを、第六皇子という人質を活用して誘導、邪魔な皇族を殺害させる。

 その後、レヴァス将軍を捕縛した勲功により、バルシアを治める侯爵に陞爵しょうしゃくした男は、日頃から自分を支えてくれている献身的な妻に尋ねる――次はどうすればいいのか、と。


 男は――セルゲイ=ガーデスは尋ねる。妻である、の少女に尋ね続けるのだ。



「――それの使い方は憶えてるね?」

「は、はい!」

「いいお返事♪いざって時には遠慮なく使うこと、いいね?」


 バルシア郊外の森、その中に隠されている屋敷の地下には、ミーティアル帝国南方各地から攫ってきた子供達が囚われていた。

 その子供達の中には人族はおらず、その全てが、人族以外の他種族。そのことからも、この屋敷の主が、人族至上主義に傾倒しているように感じてしまうのは当然のことだろう。


「――さて、動くとしますか〜♪」


 狐耳の銀髪少年が指を鳴らす、その手に木の枝が握られる、少年の視線が牢の扉に向く、誰も触れていないのに勝手に扉が開く、地面にはアダマンタイト合金製の錠前だったものが二つに分割されて落ちていた――ほんの数秒の出来事である。


「いいかい、さっき説明した通り、今は大人しくしてるんだよ?わかったら、何も言わずに頷いてね……うん、みんな、いい子だね♪」


 右手に木の枝、左手に手のひら大の鉄の塊のような物を携えた少年が歩を進める。

 その目的は――


「――なっ!?」

「まずは二人。さて、どこかな〜?」


 地下から地上に上がる扉の前で監視をしていたであろう二人を、姿を見られた次の瞬間には昏倒させていた少年。姿を隠す気はないのだろう、堂々と屋敷の中を歩き出し、遭遇した男達を昏倒させていく。

 異変に気づいたのだろう、屋敷の中が慌ただしくなる。それでも少年の足は止まらず、屋敷二階の、他とは意匠の異なる豪奢な扉の前に。


「ここかな〜♪」


 呑気な声と同時に、少年の歩みを阻んでいた扉が細切れの木材と化し、再び歩み始めた少年が部屋の中へ。


「な、なんだ、このガキ――」

「うわー、おじさん、盗賊団のボスって感じだね!あはは、すごーい♪」


 執務室のような部屋に、五名、民衆が思い描く盗賊団のイメージを忠実に再現したような、そんな見た目の者達の姿。そのうちの一人、盗賊団のボスのような男が気づく。


「木の枝……ガキ……おめえら、逃げろ!」

「お、気づくの早いな〜♪」


 目の前の狐耳の銀髪少年が、自分達のような裏社会で活動している者達にとっての死神のような存在だと、その男は気付いたのだ。

 狐耳の銀髪少年の驚いた表情が楽しそうな笑顔に変わった瞬間、その場にいた五名の男達が床にめり込んでいた、メキメキと音をたてながら。

 そのうちの一人、盗賊団のボスのようなあの男が――いくつか内臓が潰れ、肋骨の半分近くが砕けた激痛を堪えながら――必死の形相で部屋を抜けていった。


「ありゃ、意外と粘るね〜♪ふふっ……ま、いいや、お仕事お仕事〜♪」


 逃げ出した男には興味が無いのか、狐耳の銀髪少年は指を鳴らす。同時に、その部屋の男達全員が、縄でがんじがらめに縛られて拘束されていた。

 続いて、左手の鉄の塊を部屋の四方八方に向かって鉄の塊をかざす。十数秒後、部屋を出た狐耳の銀髪少年は、同じように鉄の塊をかざしながら、屋敷を練り歩き、再び地下へ。

 地下では、狐耳の金髪少女を中心として発生した結界を破ろうとしたものの破れず、疲労困憊といった様子の盗賊っぽい男達の姿、ものの数秒で拘束されていた。


「さて、帰ろうか♪」


 狐耳の銀髪少年の言葉に、屋敷地下の空気が弛緩、笑い声や泣きじゃくる声など、実にさまざまな音が響いていた。

 それと同じタイミングで、屋敷から馬車があらわれ、猛烈な勢いで駆けてゆく――それを追いかける二つの影。


 日が落ち始めた夕刻に森を抜けてから夜更けまで進み続け、到着したバルシアの中へ堂々と入っていくその馬車には――ガーデス侯爵家の家紋が刻まれていた。



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