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魔法――三次元世界内に存在する全ての事象を、体内の魔力と大気中の魔素を繋げることで現出させること。
固有魔法――先天的もしくは後天的に、特定の条件を満たした者だけが現出可能な魔法。種族や血統遺伝、称号付与など、資格者は多岐に渡る。
固有魔法にはユニークなものが多く、それゆえ模倣を試みる者も多く、下位互換的な魔法も存在している。
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例えば、堤防を作って川を堰き止めた場合、川は二つに分かれ、片方は池や湖となり、もう片方は大地に染み込むように消える。
さて、堤防を剣、川をゴブリンに置き換えたらどうなるか――剣がゴブリンの腕を通過することで切断、ゴブリンの身体と切り落とされた腕の二つに分けられる。
この時に重要なのは、ゴブリンの腕を剣で切ろうとは思っていないこと――切断面の延長線手前から奥に向かって剣を振り、その途中にあるゴブリンの腕が切断された――ゴブリンの周囲の空間を剣で断ったことで、ゴブリンの腕が切断されたという間接的な結果こそが肝要。
そして、この仕組みを端的に語り、何が肝要であるかを伝えるなら――擬似的な絶対真空を、剣によって生み出すことにある。
わかりやすく語るならば、剣の軌道上に二つの空間が作り出されると同時に、剣が空間を二つに分断されている間だけ、絶対真空と呼ばれる何もない空間が擬似的に生まれる。
点でも面でもなく立体、そのことを意識して空間を斬ることにより、絶対真空を擬似的に生み出している――剣そのものを絶対真空の代替品として絶対真空を生み出す繋ぎの役割とし、剣の軌跡に擬似的な絶対真空を生み出している訳だ。
その結果として、空間もろとも空間内に存在するものが二つに切断されている現実が目の前で成立するのである。
ともすれば妄想じみた理屈、荒唐無稽にも思える行動を現実にするのが、剣聖をはじめとした称号付与者である。
剣とは、空間を断ち、穿ち、崩すもの。
その対象に限りは無い。
生物も、無機物も、国も、大地も、空も。
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「――はぁはぁはぁ……」
壮絶という言葉がふさわしい、と。その場にいれた幸運な者たちは皆一様に、目の前で繰り広げられた闘いに、ただただ感動していた。
遠目だからこそ目で追えている剣聖の身のこなしが物語る、魔龍の尋常なき猛攻の凄まじさ。魔龍が仕掛ければ剣聖が応じ、剣聖の攻め手に耐えた魔龍が再び仕掛ける。一手、また一手と、互いが互いに仕掛けるほど、互いが消耗していく。
剣聖と魔龍、まさに甲乙つけ難し。
魔龍の攻め手を全ていなし、自身の攻め手を成功させている剣聖だが、それは決して楽なことではなく。全身を駆使して劔を体現することで、攻め手においても受け手においても魔龍を圧倒してはいるものの、その代償は大きく、残り少ない命が削られていく。
剣聖の守りを破れずにいる魔龍も限界が近い。度重なる剣聖の反撃、狂猛とすら呼べる攻め手によって、再生に回せる魔力も尽きかけ、魔龍に残された首は、五本。
音が、止まる。
剣聖が息を整え、それを待つ魔龍。動き出したのは同時――闘技場の床に亀裂が走ると同時に剣聖が踏み込み、魔龍の首四本が剣聖に向かう。剣聖に向かった四本の首が、圧壊の意思込もる一個の肉塊にへと束ねられる寸前、上空に跳び出る影――四本の首全てをバラバラにした剣聖の姿。しかし、そこには魔龍の顎門が待ち構えていた――四本の首全てを陽動に用いた魔龍の攻め手。剣聖の身体が飲み込まれた次の瞬間、魔龍の首が破砕され、そこから現れた剣聖が魔龍から距離を取り、力なく地に伏す。そして、首一本だけを再生した魔龍もまた、死に瀕していた。
観衆は息を飲み、目を離せない。皆が皆、同じ心境、同じことに興味があった――この闘い、果たしてどちらが勝つのか、と。既に、局面は終わりを迎えつつあると、その場の全員が理解していた。
鉄の大剣を杖代わりに起き上がる剣聖、
剣聖レヴァスによる渾身の大上段からの振り下ろし――その選択を止めることが出来なかった魔龍ベルヌスが一刀両断される。
剣聖が征き、魔龍が迎え――終わった。
膝をつくレヴァスの姿に、観衆は何も言えないでいた、称賛の言葉も出せないでいた。
剣聖と呼ばれる者の研鑽を目の当たりにして、ただただ感動し、心を奮わせていたのだ。
――パチパチパチパチ、と。
銀髪金眼の少年が、宙に浮かんでいた。地に伏せる魔龍の頭上で、拍手をしながら。
そして、拍手を止めた少年は、その場に在る全ての者たちに告げる――自分が何者かを。
「――精霊神である」
その声は、まるで耳元で囁いたかのようにその場の全員に届けられる。声色こそ見た目相応のそれだが、その声には確かな威厳が感じられ、耳元で囁くように伝えてきたことも含め、その少年がまさしく、あの精霊神であると、その場のほぼ全員が理解させられた。
観衆のほぼ全てが帝国民である。だからこそ、精霊神が現れたことを理解させられた瞬間から、身体が勝手に震えてしまうほどの恐怖に襲われていた。
帝国に暮らす人々は知っているのだ。ミーティアル帝国が掲げる人族至上主義という考えが、最高神の一たる精霊神の怒りを買っていることを。
精霊神は、慈悲深い神として有名である。そのことは、商工ギルドという組織そのものが証明している。同時に、精霊神が何に対して憤怒するかも示している。
精霊神は、全ての魂に平等であり対等。
だからこそ、人族以外の他種族を迫害するという行為が、精霊神という名の怪物、その逆鱗を無神経に逆撫でしているのは間違いない。
精霊神の怒りは国を殺す。これは、この世界の常識であり教訓――他者を虐げることは悪いこと、だから他者に優しくしよう、ただそれだけのことを、精霊神は望んでいる。
それをできないミーティアル帝国を、ついに滅ぼしに来たのでは――帝国民は、ただ怯えることしかできないでいた。
だからこそ――
「――此度の闘争、実に良きものであった」
精霊神が告げてきたことへの理解が遅れる。
「剣聖レヴァス。魔龍ベルヌス。両名を、精霊神の名の下、我が
それは、地域によっては、紛れもなく祝福の言葉である。だが、今のミーティアル帝国を牛耳っている者たちにとって、精霊神が口にしたその言葉は間違いなく――
「――大精霊の儀である」
対