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第3話 :嫉妬の監禁

夜風が古城の窓を震わせ、舞踏会の喧騒が遠くに響く。フレデリカ・フォン・エルシュタットの金色の髪が、燭台の光を受けて揺らめいていた。彼女のドレスは月光を思わせる淡い青で、優雅に舞う姿はまるで絵画から抜け出したようだった。舞踏会の会場で、彼女は多くの貴族の視線を一身に浴びていたが、その中でも特に熱を帯びた視線があった。フェリックス・フォン・エルシュタット、第二王子。その瞳には、抑えきれぬ情熱と、危険なまでの執着が宿っていた。


フェリックスはフレデリカに一目惚れした瞬間から、彼女を自分のものにしたいという衝動に駆られていた。彼女の微笑み、仕草、声――すべてが彼の心を掴んで離さなかった。しかし、フレデリカの心は別の男、フェリックスの兄である第一王子アレクサンドルに向けられていた。アレクサンドルの穏やかな微笑みと、フレデリカを見つめる優しい眼差し。それはフェリックスにとって、耐え難い現実だった。


「兄上に、渡すものか……」フェリックスは唇を噛み、拳を握りしめた。舞踏会の喧騒の中、彼の心は嫉妬の炎に焼かれていた。フレデリカがアレクサンドルと談笑する姿を見るたび、その炎はさらに勢いを増した。彼女の笑顔は、フェリックスにとって刃のように鋭く、心を切り裂いた。


舞踏会が最高潮に達した頃、フェリックスは動いた。会場の一角、薄暗い回廊へと続く扉の前で、彼はフレデリカを待ち構えた。彼女が一瞬、群衆から離れて歩み寄った瞬間、フェリックスは素早くその腕を掴んだ。


「フェリックス様!?」フレデリカの声には驚きと警戒が混じる。だが、フェリックスは彼女の抵抗を許さなかった。力強く腕を引き、彼女を回廊の奥へと連れ去った。


「静かにしろ、フレデリカ。お前は今夜、俺のものになる。」彼の声は低く、抑揚のない冷たさを含んでいた。フレデリカは抵抗しようとしたが、フェリックスの力は予想以上に強く、彼女の細い腕は彼の手の中でまるで小枝のようだった。


回廊を抜け、城の地下へと続く隠し通路へ。そこに、フェリックスが用意した密室があった。石壁に囲まれた部屋には、簡素な寝台と一つの燭台があるのみ。扉は重い鉄製で、ひとたび閉まれば外部の音は一切届かない。フレデリカは恐怖と怒りで震えながら、フェリックスを睨みつけた。


「何のつもりですか、フェリックス様!こんなことをすれば、王家に泥を塗ることに――」


「黙れ!」フェリックスの声が部屋に響く。彼は一歩踏み出し、フレデリカの顎を掴んだ。「兄上に渡さない。お前は、俺のものになれ!」


その言葉と共に、彼はフレデリカの唇を強引に奪った。彼女の身体は一瞬硬直し、抵抗する力も失ったかのように見えた。しかし、彼女の瞳には涙が溢れていた。それは屈辱の涙ではなかった。フレデリカの心を支配していたのは、「アレクサンドル以外の者に触れられた」という事実に対する、深い怒りと苦痛だった。


「どうして……どうしてあなたはこんなことを……」フレデリカの声は震え、言葉は途切れ途切れだった。彼女の涙は頬を伝い、床に滴り落ちる。フェリックスはその涙を見て、わずかに動揺したが、すぐにその感情を押し殺した。


「お前がそんな顔をしても、俺の決意は変わらない。」フェリックスは冷たく言い放ち、彼女の手首をさらに強く握りしめた。「お前は俺のものだ、フレデリカ。兄上には指一本触れさせない。」


フレデリカは唇を噛み、目を閉じた。彼女の心は乱れていたが、その奥底には冷徹な決意が芽生えつつあった。フェリックスの嫉妬と執着は、彼女にとって予想外のものだったが、同時に、彼女の心に新たな策略を生み出していた。彼女はアレクサンドルを愛していた。だが、その愛は単なる優しさや甘美なものではなかった。彼女の愛は、もっと深く、もっと残酷なものだった。


「フェリックス様……」フレデリカは静かに呟いた。彼女の声は、まるで毒を塗った刃のように鋭かった。「あなたは、私を閉じ込めたつもりかもしれません。ですが、覚えておいてください。牢獄を作るのは、いつも閉じ込める側とは限りません。」


フェリックスはその言葉の意味を理解できなかった。彼はただ、フレデリカを自分のものにするためだけに突き進んでいた。だが、フレデリカの瞳には、すでに別の計画が宿っていた。彼女はフェリックスの隙をつき、彼を出し抜く瞬間を待っていた。そしてその先で、彼女はアレクサンドルに「愛の証明」を贈るつもりだった――それは、優しさではなく、残酷さによって形作られた贈り物だった。


密室の空気は重く、燭台の炎が揺れるたびに、フェリックスの顔に不気味な影が落ちた。フレデリカは静かに息を整え、心の中でアレクサンドルの顔を思い浮かべた。彼女の愛は、彼を縛り、壊し、そして支配するものだった。フェリックスの愚かな行動は、彼女にとってその計画を加速させる一つの駒に過ぎなかった。


「フェリックス様……あなたはこのゲームの結末を、想像もできないでしょうね。」フレデリカは心の中でそう呟き、薄く微笑んだ。その微笑みは、フェリックスには見えなかった。だが、それはまるで、夜の闇に咲く毒花のように、美しくも危険なものだった。



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