曲がり角の向こうに消える。みすぼらしい姿。
淫婦の罪が、あの娘を押し潰している。
エリゼーヌは窓の外を見下ろしながら、満足して冷笑を浮かべた。
だが、胸にわずかな倦怠が残る。鏡を覗くと、目の下にうっすらと陰りがある。
――もっと力を。もっと美しさを。
ゴードが「エリゼーヌ様、ノンナ様の目が炎のように見えることがございます。精霊眼の力が、以前より……」と慎重に告げる。
そういえば、昨夜、ノンナに再配分魔法を施したとき、わずかに違和感があった。
しかし……。
「言霊を恐れなさい」
エリゼーヌの声は鋭かった。
「災いを他の名で呼んではなりません。何度言えばいいの? あれは災いなのよ」
***
名前を与えると、力は形を持つ。それは母から教えられたこと。
「奪わなければ滅びる」
母の教えを守り続けることで、エリゼーヌは生き延びてきた。
ノンナの力を奪い、リリアーヌへ与えること。それが自分の使命だ。
***
ノンナの荒れた髪、痩せた体は惨めだが、当然のことだ。
対照的なリリアーヌの白い肌。父親によく似た銀色の光を帯びた髪は完璧だ。
「ゴード、アレに余力を与えてはだめ。それが私たちの役目よ」
ゴードが微笑み、エリゼーヌに一礼する。
***
もちろんリリアーヌには専属侍女がいるが、学校への付き添いや警護はすべてゴードが任されていた。
本来なら他の侍女たちが担うはずの役割。
しかし、ゴードは特別だった。
エリゼーヌが「再配分魔法」で他の侍女たちから体力を抽出し、ゴードに与えた。
その結果、彼女は常人を超える頑健さと鋭敏な感覚を手に入れた。
他の侍女たちには休憩や休息が必要だが、ゴードは決して揺らがない。
単に体力があるからではない。与えられた力と使命に応える意欲が、幼い頃から彼女の心に刻まれていたのだ。
ゴードは孤児だった。エリゼーヌの母オーロラの専属侍女であるシーガに引き取られ、育てられた。
シーガは遠縁であるゴードに対し、一切の甘えを許さず、厳格な訓練を施した。
「盾」としてエリゼーヌを守ること。
それがシーガの使命であり、ゴードに与えられた宿命だった。
シーガ自身もまた、オーロラに寄り添う「盾」として生きることを至上の幸せと信じていた。
その信念を、ゴードにも受け継がせようとした。
「お前は役に立つ存在になれる。どんなことがあっても、エリゼーヌ様の誇りを守り切りなさい」
シーガは幾度もそう言い聞かせた。ゴードにとって、それは絶対的な真実だった。
盾として生きること。それこそが、自分の価値だと信じていた。
エリゼーヌが「再配分魔法」を施し、さらなる力を与えたことも、ゴードにとっては祝福の証しだった。
ゴードの忠誠は単純な従順にとどまらない。
エリゼーヌに力を与えられたことで、自らを「役に立つ存在」として証明する。
そんな無私の献身に価値を見出していたのだ。
ゴードの業務は、リリアーヌの護衛任務や日常の雑務にまで及んでいた。
エリゼーヌにとっても、リリアーヌにとっても、ゴードは欠かせない存在だった。
***
「承知しました。今日から通学も、屋根の
「甘やかすつもり?」
「いえ。麻袋に入れ、荷物として運ぶのです。転げ落ちる心配もありません」
ゴードの言葉に、エリゼーヌは冷たく笑う。
「リリアーヌの輝きが薄れることは許されない。アレには弁えさせなければ」
ノンナが抗おうと、意味はない。この世界には、もう仕組まれた答えがあるのだから。