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第13話-復讐のロードマップ(ノンナ視点+α) 

 ――! 公爵令息……でいらっしゃいますか? ――


 ノンナはまた驚いたが、もはや驚くこと自体に慣れたような気持ちだった。


 ***


 ソフォスアクシ公爵嫡子マクシム。王立学園が誇る文武両道の貴公子。

 リリアーヌと同学年でありながら、主要科目を入学から1年足らずで修了した。


 現在も王立学園に籍を置くものの、魔術大学や士官学校の単位まで取得している異例の存在である。

 さらには在籍中にもかかわらず、王立学園の講義を請われて引き受けていた。


 ノンナもリリアーヌの側近として、マクシムの講義を聴いたことがある。

 難解な魔法理論を、初学者にも分かりやすく解きほぐす、流麗かつ的確な講義。

 生徒から質問を受け、それに応じるマクシムの声には、冷静さと情熱が同居していた。


 怜悧な美貌としなやかな体躯。貴公子然としたマクシムは少女たちの憧れを一身に集めていた。


 だが、ノンナの記憶に残ったのは外見ではない。

 ――あの鮮やかな知性。そして、教える者としての在り方の素晴らしさは忘れがたい。

 自分には到底及ばない高みにある存在。だが、同時に純粋な憧れと敬意を抱かせる人物だった。


 ***


 ――はい。ご存じの通り、魔術騎士団にも所属しています――

 ――あ……そうだったんですね。すみません、情報に疎くて……――


 ノンナは縁かがりの作業に戻る。処理速度も落ち着いてきた。


 ――騎士団でも、あなたの存在は知られていませんでした。正確には、昨日まで精霊眼の能力保持者とは認識されていなかった――

 ――え!? ごめんなさい、それ、知らなかったことにしてください! ――

 ――なぜ隠す必要が? ――


 ノンナは念話をさえぎろうと意識し、顔を伏せた。胃がきゅっと縮む。


 ***


 逃げ出そうとしたことがあった。

 バレたその夜、男性使用人全員がノンナを鞭打った。

 執事が手を抜いて打ってくれたが、ゴードが叱責した。そのあとは誰もが機械のように淡々と全力で鞭を振るった。


 気絶すると、水をかけられる。長時間の折檻は、意識を奪い、尊厳を削り取っていく。

 手当てすら、次の苦痛の準備に過ぎなかった。


 その地獄は、肉体の痛み以上に、心をすりつぶした。


 ***


 ――折檻せっかんを受けるから、でしょうか? ――


 驚く。

 思わず、再び左目の奥に言葉を送ってしまう。


 ――どうして……伯爵家の内情をご存じなのですか? ――

 ――商人に調べさせました。使用人たちは、あなたへの虐待に慣れすぎていて、口が軽くなっていた――


 ノンナはそっとため息をついた。

 これ以上、取り繕うだけ無駄だ。


 ――では……どうして私の力に気づいたのですか? ――

 ――その前に聞きます。昨日から、左目に異変を感じていませんか? あなたは力の高まりを感じているはずだ――


 ――この人はすべてを見ている。

 ノンナは身震いした。同時に……そのことに深い配慮を感じて、少し肩の緊張が和らぐようだった。


 ――まるで……私のこと、全部知っているみたいですね――

 ――知り得る限りは調べました。でも、あなた自身がどう考えているかは、あなたにしか分かりません――

 ――……あなたには、私の事情なんか、分かりません! ――


 敷布を縫いながら、ノンナは心の奥のくすぶりをぶつけた。


 ――そうですね。完全な理解は出来ません。でも……復讐の手助けはできますよ――


 その言葉が、針を止めた。

 ――復讐。


 頭の中で何度も繰り返される。

 否定しようとするが、言葉にならない。


 心の奥で眠っていた望みが、鎖が解けたように動き出す。

 蔑まれた力、痛み、空腹、無力さ。

 何もできなかった日々。絶望に彩られた記憶のすべてが、心の中にぶわりと押し寄せる。


 痛みから逃げ続けた。

 ただ耐えることだけで精一杯だった。

 力を隠すことに必死だった。伯爵夫人とゴードの目を欺き、少しでも苦痛を減らそうとしてきた。

 ――でも、この人は理不尽をただそうとしている。私とは違う方法で、私の力を活用して、未来を拓こうとしている。


 ノンナは震える手で針を握りしめた。


 ――復讐……そんなこと、本当に……? ――

 ――できます。あなたにはその力がある。私たちが支える。復讐の工程表ロードマップを共に描きましょう――


 心に響くマクシムの声は落ち着いていたが、その底には確かな決意が宿っていた。

 マクシムの言葉は冷静で、しかし力強い。


 ――とはいえ、まずは、折檻を回避しましょう。力を隠す術をお教えします。それができれば、あなたの成長を妨げる邪魔をとりあえず排除できます――


 ノンナは思わずほとばしる思いを左目にぶつけた。


 ――どうしてそんなことを教えてくださるのですか? 本当に信じてもいいのでしょうか? 私を利用しようとしているのでは? ――

 ――そう思われても仕方ありません。でも、信じるかどうかはあなた次第です――


 念話は少し途切れた。そのあと熱量を増やして続く。


 ――あなたの成長が、ただの復讐の実現に留まらず、より有意義な未来を切り開くと信じています――


 また少し間があった。


 ――私の父とその仲間は、ノンナ嬢が辛い境遇にあることを予想していました――

 ――私? ――

 ――私たちは、あなたの力がこの国にとって重要であると信じていました。名前も居場所も分からなくとも、いつか見つけ出し、支えると誓っていたのです――


 ノンナは針を止め、火照る顔のこめかみを押さえた。

 賭博に興じる御者たちは、それに気づく様子もなく騒いでいる。


 ――具体的に、私たちはどんなことをするのですか? ――

 ――それは、とても長い話になります。明日、お会いできませんか――


 ノンナは覚悟を決めた。マクシムと会う場所と時間について検討を始める。


 ***


 そのときも、マクシムの隣には側近の少年が立っていた。

 眼帯をつけたその少年……サンディは、マクシムの念話を傍受していた。そして、マクシムの言葉にそっとうなずいていた。

 ノンナがサンディの存在を知るのは、もう少し後のことになる。



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