ソフォスアクシ公爵嫡男マクシムは、物心ついた頃から何事もそつなくこなしてきた。
努力と才能に恵まれ、人の助力を得ることも忘れなかった。だからこそ、大抵のことは上手くいった。
……もちろん、時に失敗もあったが。
その経験の中でも、10歳のとき父から与えられた任務は特別だった。
痛みを伴う学びとなった。初めて直面する未知、そしてままならぬ困難に阻まれる。
でも、マクシムは信念を持って取り組んだ。
***
「精霊眼を持つ、私と同い年の子がこの国にいるのですか?」
「可能性がある、ということだ」
父であるソフォスアクシ公爵は静かに言った。その瞳には緊張が宿っていた。
「その子は、良い状況にはいないと……?」
「ドンネステ博士の養子の状況から、そう推測できる」
マクシムはしばらく考えた末、素朴な提案を口にした。
「ならば、虐待されている子どもを探し出し、保護すれば良いのでは?」
公爵は微笑んだが、その笑みには困惑が混じっていた。
「精霊眼の子どもを『隠している』と名乗り出る家などない」
マクシムは自分の浅慮に気づき、顔を赤らめた。
「……申し訳ありません。では、どうすれば?」
父は答えず、飲み物を静かに口にしてから、力強く言った。
「共に学ぼう」
「共に……?」
意外だった。
父と並び立つ重責に、マクシムの胸は高鳴った。
「はい、父上。一緒に学びます!」
その言葉に、公爵は穏やかにうなずいた。
マクシムはしばらく思案し、やがて思い詰めたように言った。
「その子の苦しみを理解するには……何を『されたくない』かを知るべきです」
「ほう、なぜ?」
「同級生に、少し話し方の拙い子がいまして……からかわれているのをかばったら、いじめが悪化してしまって……」
マクシムは拳を握りしめた。屈辱と無力感の記憶が蘇る。
「助けるつもりが、あの子を追い詰めてしまった。あの時の無力さが胸を締めつける。今度こそ間違えたくない。」
父は黙って息子の頭に手を置いた。
「……つらかったな」
「私は恵まれていて、そういう苦しみに気づけなかった」
「それに気づけたいま、お前は前よりも強くなった。感受性は捨てるべき時もあるが、時に武器にもなる」
父は書棚から本を取り出し、机の上に広げた。
「これが精霊眼に関する研究書だ。共に目を通そう」
難解な内容に戸惑いながらも、マクシムは徐々に理解を深めていった。
***
「精霊眼の力は、感情や意志と強く結びついているのですね」
「その通りだ。心を閉ざすと、力を封じることに繋がる。だからこそ、守るべきなんだ」
マクシムはメモを取りながら、今書いたことに下線を引いた。
――その子を、必ず見つけ出して守る。心を閉ざすことなく、力を伸ばしてもらう。そのために、僕は動く。対の目である隣国の少年と共に。
この日、マクシムの胸に刻まれたのは、自分にできる限りの全力を尽くすという決意だった。
父はそんな息子の肩を軽く叩いた。
「お前ならやれる。焦るな。共に歩んでいこう」
「はい、父上」
***
マクシムは父と共に、精霊眼の知識と社会の闇に向き合い続けた。
魔法や魔術だけではなく、政治と人心を考察した。自分の振る舞いをも磨いた。
大胆な行動を取ってしまい、我ながらヒヤリとすることもあったが、何とか回避した。
隣国の少年・サンディが引き取られ、共に訓練を始めたのは3年前。
ふたりで互いを支え合い、見つけるべき「その子」を探し続けた。
***
18歳の冬の日。
ついに、初めての学園同行でサンディの右目が「その子」に気づいた。
長い歳月の努力が実を結び、ついに見つけたのだ。
翌日、打ち合わせ通り、マクシムは「その子」……アウレスピリア元子爵令嬢の遺児でドスピランス伯爵令息の書類上の妻、ノンナと念話を繋いだ。
念話を繋ぐための魔法陣が淡く光を帯びる。小さな震えを押し隠すように、マクシムは深く息を吸った。
手順は何度も確認した。ノンナの置かれた状況を考慮し、慎重に調整を加えてある。
マクシムの役目は、ノンナと念話を繋ぐことだ。そして……ノンナの苦しみを理解する努力を示すことだ。
――見つけた。
繋がりを感じた瞬間、空気が冷たく引き締まる。
――頼む、届いてくれ。
思念を送り出した刹那、かすかにわずかな手応え。返ってくる応答。
マクシムは緊張から解放されるように、肩の力を抜いた。