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第16話-意気込み(エリゼーヌ視点)

 再配分魔法を覚えるように申し渡す母エリゼーヌを、リリアーヌは甘えた表情で見つめる。


「ええっ、やだなあ」


 しかし、リリアーヌはすぐに気を取り直す。


「……でもそうよね。マクシム様が私を選んでくださったのだから、頑張らなきゃ。お嫁入りのとき、ノンナは連れて行けるの?」

「下級メイドとして、公爵家へ同行させます」


 リリアーヌはぱちぱちとまつ毛を瞬かせ、笑った。


「なんだか可哀想な気がするわ」


 その言葉のあと、わずかに間があった。

 笑みを浮かべたまま、リリアーヌはふっとエリゼーヌから視線を逸らし、考え込む。

 何か迷いがあるようにも見えた。


 エリゼーヌは心温まる気持ちになる。

 ――リリアーヌはやはり優しい子だ。ドナルド様によく似ている。

 しかし、真の貴婦人は毅然たる態度を示すべきだ。手駒は使い倒す、そう割り切ることを覚えてほしい。


「そんなことはないわ。自分の人生は母の罪の償いをするためにあると、アレは良く分かっている」


 リリアーヌは納得したようにうなずく。


「マクシム様のためですもの。リリアーヌは自分で再配分魔法を使えるように、がんばります。でも、まずは……夜会ね!」


 エリゼーヌは満足げにうなずいた。


 ――あとは段取り通り。


 リリアーヌが嫁いだ後は、エドワールを養子に迎え、当主見習いとする。

 ドスピランス家なら事情を理解しているし、実務は家令に任せれば問題ない。


 そしてリリアーヌが公爵夫人になれば、エリゼーヌの母オーロラの夢に近づく。

 侯爵令嬢オーロラの孫が、公爵家の一員となる。次代が王家と縁を結ぶ可能性もある。


 ――すべてを支配する。それが私の愛であり、正義。


 ノンナはただの道具。リリアーヌの光を際立たせる闇に過ぎない。

 役に立つのは確かだ。

 命ある限り活用し続けよう。


 鏡を見ると、目の下にうっすらとした陰りが残っている。

 再配分魔法の使用による倦怠感だが、一時的なものだ。美容に気を配り、魔力を整えれば問題ない。


 ――私の支配は完璧だ。小さな不調など取るに足らない。


 エリゼーヌは美容液を丹念に塗りこみ、化粧直しをした。


 ――ノンナの存在価値など、私の慈悲によって与えられているだけ。

 エリゼーヌが再配分魔法を使い、災いを奪うからこそ、ノンナは生かされている。


 エリゼーヌは薄く笑った。


 ――すべては私の計画通り。


 ***


 しかし、その夜、完璧な計画に大きなひびが入る。


 エリゼーヌは食事を済ませた後、訓話のため庭へ出た。


 ――今日は強めに「災い」を奪う。リリアーヌのためにも。


 魔力強化のポーションを2本服用したエリゼーヌはゴードと護衛たちを従え、ノンナの小屋へ向かう。

 リリアーヌの夜会の支度、エドワールの養子計画……何もかもが完璧に進んでいる。


 ――私が全てを導いている限り、この家は揺るがない。


 しかし、まずいつもと違ったのは、番小屋の護衛だった。


 深く椅子にもたれ、微笑すら浮かべながらいびきをかいている。

 攻撃された痕跡はない。


 緊張が走る。


 ゴードが鑑定魔法を使う。睡眠薬が検出された。即効性・長時間型らしい。


 エリゼーヌは眉間にしわを寄せる。


 「アレを確認して」


 小屋の扉が開かれた。


 中は空。


 争った形跡も魔力の残滓もない。護衛たちが異常に気づいた報告はない。転移魔法の使用を疑うが、痕跡はゼロ。


 ――手練れ。協力者? まさか……誘拐?


 小屋に残されていたのは、替えの服や古い手巾、布団。

 側近として課題を処理するための勉強道具。


 持ち去られていたのは、ノンナが身につけていた服と靴だけ。


 他に持ち出すべきものなど、ノンナは所有していなかった。


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