再配分魔法を覚えるように申し渡す母エリゼーヌを、リリアーヌは甘えた表情で見つめる。
「ええっ、やだなあ」
しかし、リリアーヌはすぐに気を取り直す。
「……でもそうよね。マクシム様が私を選んでくださったのだから、頑張らなきゃ。お嫁入りのとき、ノンナは連れて行けるの?」
「下級メイドとして、公爵家へ同行させます」
リリアーヌはぱちぱちとまつ毛を瞬かせ、笑った。
「なんだか可哀想な気がするわ」
その言葉のあと、わずかに間があった。
笑みを浮かべたまま、リリアーヌはふっとエリゼーヌから視線を逸らし、考え込む。
何か迷いがあるようにも見えた。
エリゼーヌは心温まる気持ちになる。
――リリアーヌはやはり優しい子だ。ドナルド様によく似ている。
しかし、真の貴婦人は毅然たる態度を示すべきだ。手駒は使い倒す、そう割り切ることを覚えてほしい。
「そんなことはないわ。自分の人生は母の罪の償いをするためにあると、アレは良く分かっている」
リリアーヌは納得したようにうなずく。
「マクシム様のためですもの。リリアーヌは自分で再配分魔法を使えるように、がんばります。でも、まずは……夜会ね!」
エリゼーヌは満足げにうなずいた。
――あとは段取り通り。
リリアーヌが嫁いだ後は、エドワールを養子に迎え、当主見習いとする。
ドスピランス家なら事情を理解しているし、実務は家令に任せれば問題ない。
そしてリリアーヌが公爵夫人になれば、エリゼーヌの母オーロラの夢に近づく。
侯爵令嬢オーロラの孫が、公爵家の一員となる。次代が王家と縁を結ぶ可能性もある。
――すべてを支配する。それが私の愛であり、正義。
ノンナはただの道具。リリアーヌの光を際立たせる闇に過ぎない。
役に立つのは確かだ。
命ある限り活用し続けよう。
鏡を見ると、目の下にうっすらとした陰りが残っている。
再配分魔法の使用による倦怠感だが、一時的なものだ。美容に気を配り、魔力を整えれば問題ない。
――私の支配は完璧だ。小さな不調など取るに足らない。
エリゼーヌは美容液を丹念に塗りこみ、化粧直しをした。
――ノンナの存在価値など、私の慈悲によって与えられているだけ。
エリゼーヌが再配分魔法を使い、災いを奪うからこそ、ノンナは生かされている。
エリゼーヌは薄く笑った。
――すべては私の計画通り。
***
しかし、その夜、完璧な計画に大きなひびが入る。
エリゼーヌは食事を済ませた後、訓話のため庭へ出た。
――今日は強めに「災い」を奪う。リリアーヌのためにも。
魔力強化のポーションを2本服用したエリゼーヌはゴードと護衛たちを従え、ノンナの小屋へ向かう。
リリアーヌの夜会の支度、エドワールの養子計画……何もかもが完璧に進んでいる。
――私が全てを導いている限り、この家は揺るがない。
しかし、まずいつもと違ったのは、番小屋の護衛だった。
深く椅子にもたれ、微笑すら浮かべながらいびきをかいている。
攻撃された痕跡はない。
緊張が走る。
ゴードが鑑定魔法を使う。睡眠薬が検出された。即効性・長時間型らしい。
エリゼーヌは眉間にしわを寄せる。
「アレを確認して」
小屋の扉が開かれた。
中は空。
争った形跡も魔力の残滓もない。護衛たちが異常に気づいた報告はない。転移魔法の使用を疑うが、痕跡はゼロ。
――手練れ。協力者? まさか……誘拐?
小屋に残されていたのは、替えの服や古い手巾、布団。
側近として課題を処理するための勉強道具。
持ち去られていたのは、ノンナが身につけていた服と靴だけ。
他に持ち出すべきものなど、ノンナは所有していなかった。