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第17話-おじと姪と(エリゼーヌ視点)

 ノンナの行方が分からぬまま1週間経った。

 フォートハイト伯爵家の3人は、ソフォスアクシ公爵邸での夜会に出席していた。


 エリゼーヌの異母兄、ロルウンヌ子爵セオドアも招かれていた。

 姪のリリアーヌを見ると、たちまち顔をほころばせる。


「リリアーヌ、久しぶりだね。今日は……いつもより可愛らしい」


 エリゼーヌは不機嫌を押し殺し、気遣うように笑った。


「ごめんなさい。今日は少し、体調が優れないの」


 ――アレが居ないと、リリアーヌの容姿にまで影響が出るなんて。想定外だわ。


 セオドアは顔を曇らせた。

 しかし、再配分魔法で受け取る魔力不足のせいか、いつもより子どもっぽく見えるリリアーヌが弱々しく笑うのを見て、少し安堵したようだった。

 気遣わしげに申し出る。


「大丈夫かい? 医者に馬車を回そうか」

「おじ上、ありがとうございます。でも……今日は大事な夜会だから、出たいのです」


 その一言でセオドアは満面の笑みになる。


「可愛いな……。最近はすっかり貴婦人らしくなったけど、今日は2歳の頃の君を思い出すよ。ふんわりしていて……うちの息子たちにちょっと似ている」


 エリゼーヌは内心で顔をしかめた。

 リリアーヌはドナルドとエリゼーヌ似の細面ほそおもての美少女。どうしてあの丸顔の子爵家の息子たちと重ねるのか。


 隣のドナルドは、相変わらずぼんやりと立っていた。

 今回の夜会は、ソフォスアクシ公爵家から「家族全員」の招待を受けたために同伴している。


 広大な公爵邸の白色と金色で彩られた廊下を歩く。光を反射するシャンデリアの吊された天井は高い。

 すべてが洗練されていた。セオドアが姪リリアーヌをエスコートし、エリゼーヌは夫ドナルドに付き添う。

 ドナルドはいつも通り頼りなかったが、支えるのは慣れている。


 ――でも……。


 ふと、入学式で初めて出会った頃のドナルドを思い出す。

 あのときのドナルドは溌剌としていた。今とは別人のようだ。


 エリゼーヌは扇を握りしめ、微笑みながら夫を見上げた。ドナルドも静かに微笑んだ。


 ***


 大広間へ入ると、天井画とさらに壮麗なシャンデリアが迎える。招待客は50名ほど。

 リリアーヌが小さく声を上げた。


「……マクシム様!」


 その視線の先には、黒と青の正装をまとった長身の青年。

 怜悧な顔立ちの若き貴公子……ソフォスアクシ公爵嫡男だった。


 ――リリアーヌの隣に並べば、さぞ絵になる。

 エリゼーヌは勝ち誇った気持ちで微笑んだ。


 しかし、その笑みはすぐに驚愕で強張った。


 ふたりの若者がマクシムの隣にいた。

 ひとりは砂色の髪を持つ少年だった。


 ――あの色。


 艶やかなウェーブ、結ばれた髪。淫婦ユリアと同じ色だ。


 エリゼーヌは無意識に身体をずらし、ドナルドの視界を遮るように立った。

 だが、それでは済まなかった。


 別の、もっと忌ま忌ましい存在がいた。


 ドナルドの銀色がかった金髪は年齢を重ねても輝きを失っていない。

 リリアーヌも同じ色を受け継いだことを確認したとき、エリゼーヌは歓喜に震えた。


 しかし……。


 淫婦の娘も、同じ髪色だった。


 だからゴードは赤子・ノンナの髪を剃った。地肌ギリギリまで、血が滲むほど徹底的に処理した。

 成長してからは泥色に染めつづけた。

 ゴードは、淫婦の娘の髪色が許されざる色であることを深く理解してくれる。


 ……なのに。


 いまマクシムの隣のノンナは、その髪をシンプルだが技巧を凝らした形に整えている。


 ――あのノンナが、ここに?  あの髪で?  どうして?


 シャンデリアの光を浴び、彼女の金髪がドナルドそっくりに輝く。

 表情には自信と知性が宿る。


 長年見下し、贖罪を課してきた奴隷がまとっていた影は一切なかった。


 ――悪夢。


 震える手で扇を握りしめ、視線を夫と娘に向ける。

 ドナルドは変わらず虚ろ。リリアーヌは無邪気にマクシムを見つめている。


 ――大丈夫。ドナルドには分からない。


 だが、そのとき、ノンナがエリゼーヌを見た。


 そのまなざしはまっすぐだ。

 恐れも、恨みも示さない。エリゼーヌが与えてきたすべてを乗り越えた者の目だった。


 エリゼーヌが反射的に視線を返すと、ノンナはもう彼女を見ていなかった。

 隣のマクシムと微笑み合っていた。


 その光景が、すべてを打ち砕いた。


「……まあっ!」


 リリアーヌの声が、大広間に響いた。


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