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第5章 断罪~リリアーヌ視点 第18話-断罪の始まり(リリアーヌ視点)

「ノンナ!」


 リリアーヌは叫んだ。


「どこに行っていたの?」


 ノンナは答えなかった。砂色の髪の見知らぬ男と並んで堂々と立っていた。

 ノンナの金髪は銀色の光をまとい、肌は艶やかだ。見慣れたみすぼらしさのかけらもない。


 ――どうして? アレの髪は泥色だったはずなのに。


 リリアーヌは目を見開いた。自分と同じ色の髪だ。いや、自分以上に輝いている。

 胸がチクリと痛んだ。

 嫉妬と戸惑い、そして少しの恐れが混じり合っていた。


「まあ、マクシム様! ご挨拶が遅れて申し訳ありません!」


 無意識に話を逸らすように、近づいてきたマクシムに笑顔を向けた。だがマクシムの目は冷ややかだった。


「私を名で呼ぶ許可は出していない」


 リリアーヌは戸惑い、口を尖らせた。

 可愛く反論しようとしたが、マクシムの質問にさえられる。


「令嬢は精霊眼の力を披露できるか?」

「えっ? ……はぁい、少々お待ちくださいね」


 母に再配分してもらえば、できる。そう考えて母を振り返った。

 が、リリアーヌは思わず大きく目を見開いた。


「母上……?」


 そこにいたのは、拘束されたエリゼーヌだった。

 魔術騎士団の制服に身を包んだ者たちが、エリゼーヌの両腕を押さえつけている。


 ――どうして? 母上が捕まるなんて……。


 恐れと不安が一気に押し寄せ、リリアーヌは視界が歪むように感じた。


 魔術騎士団長であるソフォスアクシ公爵が王家の紋章の入った紙を示す。


「禁術濫用の容疑に基づき、拘束令状と捜査許可を取得しています」


 貴族たちのざわめきが広がる。


「禁術の濫用……?」

「まさか、フォートハイト伯爵夫人が……?」


 エリゼーヌは魔術騎士団の制服の者たちに布を被せられている。布の間から、怒りと怯えの入り混じった目が、リリアーヌに助けを求めていた。


「ノンナ嬢、説明を」


 ノンナが優雅な足取りで部屋の真ん中へ移動する。


「フォートハイト伯爵嫡女であるリリアーヌ嬢に精霊眼の力はありません」


 リリアーヌは息を呑んだ。

 ――嘘じゃない。でも、バラすなんて……。


「その力は」

「黙りなさい!  淫婦の娘!」


 エリゼーヌの叫びに、リリアーヌは安堵しつつも背筋が凍った。

 母の叫びに誰もが息を呑む中、ノンナだけは冷静に立っている。


 ――どうして? どうしてあんなに堂々としているの?


「精霊眼の力を持つのは、私、フォートハイト伯爵閣下の婚外子、ノンナ・アウレスピリアです」


 リリアーヌは混乱した。

 ――ノンナが? ずっと下僕だったはずのあの子が? ノンナの力は……リリアーヌのものだと信じていたのに、どうして?

 リリアーヌの立場が突然揺らぎ始める。


 マクシムが補足する。


「ノンナ嬢の身分は正式に認められています」


 場にざわめきが広がる。

 誰かが「アウレスピリア子爵位が復活するということか?」と低く呟く。


 ロルウンヌ子爵が呆然とつぶやいた。


「……ドナルド様の、子ども?」


 リリアーヌは混乱していた。

 ――そういえば、おじ上がノンナに会ったことはなかった……かもしれない。


「これより、魔術騎士団の捜査に協力いたします。私の対の目を持つ魔術騎士団上級研究員、サンディ・ドンネステ卿と共に、私の力をお見せします」


 貴族たちがどよめく中、ソフォスアクシ公爵が一歩前に出た。


「捜査のため、精霊眼と対の目によるフォートハイト伯爵夫人の記憶映像化を行います」


 その言葉に、貴族たちがざわつく。


「精霊眼と対の目の組み合わせで過去視映像化か……」

「聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだ」


 ソフォスアクシ公爵は満足げに頷くと、説明を続けた。


「能力の高い精霊眼と対の目の組み合わせは、特に高精度の過去視映像化を可能にします。本日お見せするのは、最先端の技術を駆使した映像です。魔術騎士団が全面協力いたしました」


 使用人たちが広間の壁に掛けられたタペストリーを取り除き、白い漆喰の壁を露出させた。また、魔導具が運ばれてきた。


 ソフォスアクシ公爵が一同に「この魔導具は記憶の過去視で生成される映像と音声をこの壁に投影し、音声の音量を上げるための魔導具です」と説明する。


 サンディがノンナの右に立つ。

 マクシムはふたりの後ろに立つ。

 ノンナとサンディは手を繋ぐ。


 マクシムがノンナを見る。

 ノンナがうなずく。


「では、始めてください」


 ノンナが魔導具に手をかざすと、部屋全体に静かな振動が走った。


 リリアーヌの視界の隅でエリゼーヌが震え、無理に取り繕う笑みを浮かべている。


 しかしノンナの目は、エリゼーヌを恐れ従う相手として見ていなかった。

 ただ真実を引き出すための対象としてだけ、見据えていた。


 ノンナが自分の前に置かれた魔導具へ手を差し伸べた。

 指先から放たれる精緻な魔力が空間を震わせる。


 リリアーヌには魔力は見えなかった。ただ、始まった映像と音に、言葉を失った。


 13歳の女性が、王立学園の制服に「警備」の腕章をした男子生徒を見上げている。

 長身の生徒の髪は銀色味を帯びた金髪……。

 そして、声はリリアーヌの母……エリゼーヌのものだった。



◇ ◇ ◇


「ドナルドを初めて見た13歳のとき、私は真実の愛を知った」


 ◇ ◇ ◇



 映し出されたのは、エリゼーヌがまだロルウンヌ男爵・・令嬢だった頃の記憶だ。


 現在、無気力に脇に立ち尽くすフォートハイト伯爵家当主ドナルドの、かつての姿である。




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