ノンナは巨大な映像を見つめ、わずかに表情を緩めた。
隣で手を繋ぐサンディと顔を見合わせ、うなずき合う。
すぐに真顔に戻り、魔導具へと精霊眼の力を注ぎ続ける。
――あの子が、こんな場所で堂々としていられるなんて。
リリアーヌは胸の奥に苛立ちを感じた。
――本来、こんな晴れがましい場所は、リリアーヌが立つべき場所なのよ。生意気だわ。
ノンナの存在が……妬ましかった。
貴族たちは息を潜め、白壁に映し出されるエリゼーヌの記憶に見入っている。
拘束されたエリゼーヌ自身も、その過去を見せられている。その場には、エリゼーヌの夫ドナルド、兄セオドアもいた。
ノンナが再現する母の記憶は、リリアーヌにとって不快でしかなかった。
……しかし、目をそらせなかった。
◇◇◇
あの日。
私は王立学校の入学パーティーで、真実の愛を知った。
その相手は、上級生として警備役を務めていたドナルドだった。
緊張して果実水をこぼし、転びそうになった新入生の私を、ドナルドが支えてくれた。
「おっと危ない。大丈夫ですか」
その声と微笑みに、私の心は奪われた。
思いやりのこもった言葉、大きな手、差し出してくれたハンカチ。
どれもが「私だけに向けられた特別」だと錯覚させるのに、十分だった。
「あのっ! 私、ロルウンヌ男爵長女エリゼーヌと申します。お名前を教えていただけますか?」
「ロルウンヌ嬢……父君の商会はよく存じております。私はフォートハイト伯爵家のドナルドです」
私の父は男爵だ。つまり、貴族の末席に連なる存在でしかない。
けれど、後妻に迎えられた母は侯爵令嬢だ。
幼い私は、そのことを誇りにしていた。
だから、伯爵令息であるドナルドが、自分に相応しく感じられた。
その日を境に、私は憧れのドナルドの愛を得るために奮闘を始めた。
偶然を装い何度も接触を試みた。
階を間違え、道を尋ねる。本を落とす。些細な言葉を交わせただけで、心は高鳴った。
ドナルドに相応しい存在となる。そのために私は努力を積んだ。
課題に没頭し、図書館に籠もり、誰もが敬遠する魔法理論にも挑んだ。
成績は順調に上がり、教師からの評価も得る。上級生の討論会にも推薦され、ついにドナルドと同じ場に立った。
そのときにはもう、私の想いは「憧れ」ではなかった。
――彼を手に入れたい。
私は、強くそう願っていた。
◇◇◇
映像が一瞬静止し、室内は張りつめた沈黙に包まれる。
おじセオドアのこめかみを汗が伝い、手が小刻みに震えていた。
ドナルドは虚ろな目で、ただ映像を見つめている。
誰も声を発せず、過去視の続きを待っている。
リリアーヌは動けなかった。
映し出された若き日の母は、ひたむきで……恐ろしいほど自己中心的に見えた。
ドナルドを礼賛するばかりで、相手の気持ちを考えていた形跡がない。
――自分の思いばかりで、父上のことを全く配慮していない? まあ、気持ちはわかるけれど。
自分……リリアーヌ自身も、自分の欲を最優先してきた。
――さっき、ノンナが堂々としているのにイラッとした。私が私が……と思った。私も自分のことばかり。
母はそのような人ではないと、ずっと信じていた。
完璧だと思っていた微笑の裏に、執着と狂気が滲む。
理想の母像にひびが入る。
その奥にある「独善」が、今の自分と重なって見える。
――私も……母上と同じ?
背筋が凍る。胸元のコルセットが脈打つ心臓を締め付ける。
逃げたい。でも、目を逸らせなかった。
ノンナは静かに過去視を再開した。
リリアーヌの心が、音を立てて軋んでいた。