ノンナの放つ魔力は、なおもリリアーヌの母エリゼーヌの記憶を映し出していた。
額には汗が滲み、呼吸は浅い。隣のサンディが黙って汗を拭う。
だが、ノンナのまなざしは揺るがない。
エリゼーヌは拘束されながらも、ノンナを睨みつけていた。
だが、ノンナは意に介さない。
ノンナによるエリゼーヌの過去視は続く。
◇◇◇
私は焦っていた。血の滲むような努力で得た優等生の称号すら、あの人の心を思い通りには動かせなかった。
成績は上位、運動もそつなくこなす。教師からの評価も上々。討論会や学内行事でも称賛を受ける。
――それが何だというの?
愛しいドナルドにとって、私はただの「優秀な後輩」に過ぎない。
社交辞令の笑顔。形だけの称賛。
そんなものでは、満足できない。
「ロルウンヌ嬢のご意見、興味深いですね」
「ありがとうございます」
笑顔を返すたびに、心は冷たく沈んでいく。
――興味深い? それだけ? 私はもっと、特別になりたいのに。
ドナルドの好みを知りたかった。ドナルドの関心を引きたかった。
ドナルドの趣味を調べ、ドナルドが興味を示す本を読み、討論会で彼を引き立てる意見を述べる。
時には自分の評価を犠牲にしてでも、ドナルドを讃えた。
でも、ドナルドはただ穏やかな学友として、私の評価をするだけ。
「ロルウンヌ嬢、あなたは本当に優秀ですね」
――優秀? それだけ? 私が欲しいのは……そんな言葉ではない。
誰にでも同じ優しさを向けるドナルド。
その笑顔がかえって残酷だった。
私が求めているのは……もっと熱い愛だった。
◇◇◇
ノンナの身体がゆらりと揺れる。
サンディがそっと支える。ノンナは足元をふらつかせながらも、投影を続けた。
リリアーヌは恐怖に凍りついていた。
かつて自分も使えていたはずの精霊眼。
だが、ノンナの術はまるで次元が違う。果てしない過去を、まるで手繰り寄せるように映し出していく。
その精度と規模、持続力……すべてが桁違いだ。
――どうして? 私はいつも「本物」だったはずなのに。あの子はただの代用品……だったはずなのに!
嫉妬と苛立ちが、胸の奥でじくじくと痛む。
それでも、ノンナの圧倒的な力に押し潰されたまま、声を出すことすらできない。
――ノンナはいま、何を見せようとしているの? どうしてこんなことを?
目の前に映し出されるのは、母の少女時代。
優雅で完璧な貴婦人の面影など、
笑顔の裏に潜む執着と冷たい情念。
まるで毒が滲み出すようだ。その毒はリリアーヌの心を静かに
――母上。これは……本当にあなた?
母はいつだって完璧だった。誰よりも美しく、知性にあふれ、すべてを掌握していた。
母は自分の誇りであり、理想そのものだった。
一方で、いまノンナが映し出している記憶は……そのすべてを裏切る光景だ。
マクシムが「無理をしないで」と小声で言う。かすかに微笑んでうなずくノンナ……指先がわずかに震え、映像が揺れる。
リリアーヌは、ノンナの全身を蝕む疲労と痛みに気づいた。
――どうして? どうしてこんなことをするの? 母上を傷つけるため? 私たちを貶めるため?
だが、ノンナの目はただ正面を見据えている。
自分を讃えてほしいとか、相手を貶めたいとか、そんな表情ではない。
むしろ必死で、痛々しいほどに……何らかの正義を目指している。そんな気がした。
――ノンナがこんなに苦しんでまで見せようとしているものは……正義? そのために、あの子は自分を追い詰めている?
リリアーヌの胸の中で、何かがきしむような感覚があった。
恐怖か、怒りか、あるいは自分でも理解できない別の何か。
優美で完璧だと信じていた母像が、音を立てて崩れていく。
ただ見つめ続けることしかできない。
――この過去視が終わったとき、私たち家族はどうなるの? 正義は何が壊し、何を残すの?