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第31話-ノンナと家族(ノンナ視点)


「染色魔法を除去したら、必要な鑑定ができそうだ。ちなみに、ノンナ嬢の髪はフォートハイト伯爵令嬢と同じ色だった」


 開口一番の報告の後、彼は本題に入った。


「今日は再配分魔法について説明しよう。禁術だ。それを承知の上、フォートハイト伯爵夫人が使っていることが間違いない」

「禁術……禁止されているんですか?」

「当然だ。王家が封印している魔法だ。魔力や特殊能力を他者に移す技術で、本来の所有者から搾取されることもある。ボエアリス侯爵家、つまりフォートハイト伯爵夫人の実家がこの魔法を継承していた可能性がある」


 ノンナは納得したように目を伏せた。


「あの人が……禁術を悪用していたなんて。意外ではありませんが、恐ろしいことです」


 マクシムが厳粛にうなずく。


「先日話したとおり、フォートハイト伯爵令嬢の精霊眼もおかしかった。魔力の流れが歪んでいた。奪われたものなら、納得がいく」


 マクシムの声には、抑えた怒りがにじんでいた。


「奪われる瞬間を何度も感じました。指を向けられて、口の中で術式を唱えている……あれが再配分魔法だったんですね」

「なるほど。掛けられる側の感覚は貴重だ」


 マクシムは柔らかな笑みを浮かべた。ノンナも少しだけ笑った。


 ノンナは笑いながら会話する自分に、わずかに戸惑う。

 ――私が笑っている……こんな話の中で。マクシム様も私を嘲笑ではなく、感謝して笑ってくださる。

 笑うことが、生まれて初めて許されている気がした。

 そして、笑っている自分を誰も責めない世界が、本当に存在するのだと知った。


 そして、そんなマクシムを咎める声はない。マクシムのまなざしはただ、優しくそこにあった。

 伯爵家で嘲られるだけの存在だったはずのノンナは、数日の間に違う世界に移り住んだ思いだった。

 ――誰かに必要とされるって、しあわせだ。


「……褒められると、なんだか嬉しいです」

「素直だな。話を戻そう。君と対の目の血縁鑑定を進めているが、その前に……君を正式に我が家に迎えたい」


 ***


 脱出は夕刻に決行された。

 事前に小屋の周囲に幻惑魔法で数人の魔術騎士が転移。見張り役は睡眠薬で眠らせた。


 マクシムが小屋に入ってきた。


「ご婦人の部屋に無遠慮で悪いが……なんだこの寒さは。外と変わらん」

「え、今日は暖かい方ですけど……?」


 マクシムは溜め息をつき、外套を差し出す。


「これを着て。転移するぞ」

「ふたりで?」

「抱えるぞ、失礼」


 外套の温もり、たくましい腕、未知の世界の気配。

 その全てがノンナの胸をざわつかせた。


 ――本当に、連れて行ってくれるのだ。冷たい部屋から、暖かい場所へ……マクシム様の家へ。


 転移は一瞬だった。


「ここは今日からノンナ嬢が寝泊まりする部屋だ」


 そっけなく言って立ち去るマクシムの背中に礼を言う。

 気さくな笑みを向ける公爵家の侍女に言われるがまま、湯浴みをする。

 部屋は……当たり前だが暖かだった。

 今までのノンナの生活にはなかった快適な温度だった。


 こうして彼女は、初めて「自由」に向けて一歩を踏み出した。


 ***


 翌朝、侍女がノンナの身の回りを整えてくれた。

 一晩再配分魔法で奪われず、薬も飲まされなかったノンナは見違えるほど肌の調子がよかった。

 手際よく染色魔法を解除された髪は、驚くほど異母姉に似ていた。


 午後、ノンナの対の目……サンディ・ドンネステと引き合わされた。彼は魔術騎士団の上級研究員で、マクシムの側近を務めていた。


 ぎこちない自己紹介のあと、立ち会っていたマクシムの父・ソフォスアクシ公爵が言った。


「鑑定の結果、ふたりは姉弟と証明された。目元が似ているな。色も同じ新緑色だ」


 家族だったと知らされた瞬間、ノンナの胸にぽっかり空いていた場所が埋まっていくのを感じた。


 ノンナは反射的に「申し訳ございません」と言いかけて、それを飲み込んだ。

 ――私は、ここにいていいのだ。笑ってもいい。幸せを感じても、誰も罰を受けない。


 スイフトが「下のお嬢様に親切にした使用人は、紹介状なしで追い出される」と言ったことを思い出す。

 もう……そんなことは起こらないのだ。


 誰にも遠慮せず、「姉」と呼ばれていい。

 その当たり前が、胸に熱く広がっていく。


 交流の時間もないまま、ふたりはすぐ「仕事」に取りかかる。過去視の訓練だった。


 マクシムが夜ごと繰り返されたエリゼーヌの訓話の記憶を投影するように指示する。

 ノンナにとって当たり前の日常で、既にマクシムには伝えていた。

 しかし、サンディは目を見開いて立ち尽くした。やがて、震える声で言った。


「ごめん……ノンナ嬢……ごめん……!」


 ノンナは一瞬どうしていいのか分からなかった。

 マクシムを見る。マクシムはうなずいた。


 ノンナは「思った通りにしていい」と言ってもらったような気がした。


 だから、そっと言葉を重ねる。


「私には両目がある。片目を失ったあなたにも、虐待された私にも、非はない」


 すると、サンディはノンナを抱きしめた。

 驚きでノンナは硬直する。

 そして……おずおずと手を弟の体に回した。


 そんな大胆なことができたのも、対の目サンディが近くに居ることで改めて満ちた「余裕」のおかげかもしれない。


 そして、姉弟は時おり、他愛ない雑談を交わすようになった。


「訓話にも虐待にも、もう慣れてしまったの。辛いだけじゃなかったのよ。学校まで歩く時間が楽しかった。この時期は寒いけれど、青雪花草のつぼみが膨らみはじめるの」


 翌日、ふたりは青雪花草を見に出かけた。置いて行かれたマクシムがすねたので、その次の日は3人で出かけた。


 小さな笑い声が、自分の喉からこぼれる。


 ――誰かと一緒に見る景色って、どうしてこんなに……きれいなのだろう。


 ノンナは、自分が「誰かの隣にいていい」と思えたことに、まだ慣れていなかった。

 でも、もう逃げずに、さまざまな思いを受け取ってみたいと思った。


 そうして、ノンナとサンディは少しずつ、双子の姉弟らしくなっていった。


 だが、エリゼーヌの記憶を過去視で投影する準備は、簡単ではなかった。




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