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第32話-双子の精霊眼と対の目(ノンナ視点)

 ノンナはこれまで、ただ奪われるだけの人生だった。

 美貌、才能、母、双子の弟、父の愛……そして精霊眼の力までも。


 父の愛が戻るかは、未だ不明。


 だが、奪われた愛の中で、ひとつ取り戻した大切なものがある。

 マクシムに引き合わされ、再会した双子の弟、サンディだ。

 血のつながり以上に、彼の存在はマクシムと別の意味で、ノンナに「味方がいる」と感じさせた光だった。


 逆に言うと……サンディとの関係は新たな責任でもある。

 公爵やマクシムも認める秀才であるサンディの要求水準は高い。

 ずっと劣等感に貶められ、卑屈な行動をとってきた相棒ノンナはその水準に応えられるのか。

 サンディがノンナの今後の仕事ぶりに失望する未来が怖かった。


 手のひらが震える。呼吸が浅くなる。

  精霊眼の力は、自由を与える一方で、責任という名の鎖でもあった。


 しかし、その不安を打ち消してくれたのも、サンディだった。


 「対の目」として、ノンナの精霊眼を支える存在であることを、サンディは何よりも優先した。

 サンディがいなければ、ノンナは精霊眼の力に押し潰されていたかもしれない。


 奪われなくなり、初めて自分で使うことになった力は、それほど強大だった。


 サンディとは魂で結ばれているような絆がある。それは姉弟という関係を超えていた。


 初めて精霊眼を操ったとき、ノンナは重圧に怯えた。

 気が遠くなりそうなほどの重さだった。長く搾取されてきたせいか、その力は恐ろしく感じられた。


 だが、マクシムとサンディの冷静な助言が、その不安を少しずつほぐしていく。


 とりわけ難しいのは、他人の記憶をたどって壁に投影する技術。

 ひとの記憶は曖昧で、感情の濃淡が混ざり合い、焦ればすぐに霧散する。

 濁った水の底から、要点の輪郭を引き上げるような、繊細な集中が求められる。


 そこでサンディの支援が活きる。

 鋭い観察眼と念話による指示がなければ、ノンナの魔力は暴走しかねない。

 対の目がいることで、ノンナはようやく精霊眼の力を制御できる。

  さらに、調整と計画をマクシムが担当することで、効率が良くなる。


「夜会で、フォートハイト伯爵夫人の過去を暴く。禁術の使用を証明する」


 マクシムの声には、覚悟が滲んでいた。


 だが、その瞳の奥には、わずかな焦燥も見えた。


 サンディは、マクシムの押し隠した緊張を読み取ったように、静かに口を開いた。


「魔術騎士って、冷静に任務をこなすための理性と、誰かを守ろうとする感情、その両方が必要なんです。マクシム様が今迷っているのは、その間で自分なりの正しさを探してるからだと思います」


 マクシムは静かに息を吐き、少し肩の力を抜きながら、サンディにうなずいた。サンディはマクシムの目を見据える。


「私が対の目としてノンナを支えます。ですから、マクシム様は指揮官として、最適な判断だけを選んでください」

「わかった。気づいたことがあったら、遠慮なく私に言ってくれ」


 気持ちが整理できたような清々しい表情でマクシムが言う。


 さらなる調査と推論、議論の末、マクシムはノンナたちが明るみに出すべき事柄を特定した。


「鍵は、ノンナ嬢とサンディがなぜ母親と引き離されたかにある。それを引き出すだに、伯爵夫妻の出会いから過去視を始めよう」


 ノンナの胸に不安が灯る。

 まだ力は不安定。相手は、長年自分を支配してきた存在だ。


 そっと肩に置かれたサンディの手が、彼女の迷いを静かに打ち消す。


「ノンナ、大丈夫。私がいる」


 そっけないその言葉が、なぜかとても頼もしく響いた。


 ノンナはうなずいた。サンディがいれば、きっと乗り越えられる。

 ただ、そこにいてくれること。

 それだけで、世界の重さが少し軽くなるのだと、初めて知った。


  ***


 記憶投影の訓練には、公爵家の侍女が協力してくれた。


「私と夫のなれそめなんて平凡ですけど……お役に立てれば」


 気さくな笑みに安心しつつも、他人の記憶に触れる緊張は拭えない。

 ノンナは目を閉じ、静かに精霊眼を開いた。


 冷たい水に手を差し入れるような感覚。

 ざらついた感情、曖昧な映像が指先に絡みつく。


 ――少し下。0.001秒。集中を保って。――


 左目の奥にサンディの念話が響く。時計の文字盤を利用して、指示を数値化する。

 その冷静な声がノンナの意識を一点に集中させる。


 壁に浮かぶ映像はまだ不鮮明だが、サンディの指示を頼りに、魔力を調整する。


 ――焦らないで。出力を少し絞って。――

 ――……これでいい? ――

 ――うん、維持して。そのまま0.006秒、右に。――


 サンディの声は、ノンナの心を導く羅針盤のようだった。


 やがて、壁に浮かび上がったのは、やわらかな光に包まれた中庭。

 低木の前で少女が立ち、少年が緊張した面持ちで花束を差し出す。

 記憶に宿る穏やかな感情が、ノンナの胸にもじんわりと伝わってくる。


「ありがとうございます……でも、夜会で触れる記憶は、こんなに優しくはないでしょうね」


 ノンナの指先がわずかに震える。

 目を伏せたその瞳の奥に、理性ではまだ制御しきれない恐れが揺れていた。


 しかし、制御できるはずだ。

 恐れは消せなくても、向き合う術なら、もう知っている。


 ノンナはそれを、「信頼」と呼ばれる概念として、少しずつ自分の中に組み込もうとしていた。







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