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第9話

霧島清次が明華内親王の御所へ戻ると、

広い庭の中央で、内親王が揺り籠に腰かけ、女中にお歯黒を塗らせている光景が目に入った。

その傍ら、地面に倒れこんだ若い娘が頬を腫らし、泣き叫んでいる。


「内親王様! もう歌ったりしません……お願いです、命だけは……!」


霧島清次はすぐにその娘を思い出した。

昨日、彼が料亭の舞台を通りがかったとき、

澄んだ鶯のような声で歌っていた白拍子の一人だった。


あのとき、ふと目が合い——

彼女は赤くなって、そっと視線を逸らした。


まさか、たった一日でこの有様とは。


……これで何人目だろう。


彼が京に戻ってきて以来、宴席で褒めた舞妓も、

屋敷で使えていた若い女中も——

すべて、明華内親王の手で、密かに処分されていた。


この女の独占欲は、もはや病的だった。


霧島清次は、わずかに眉を寄せた。


明華内親王は、にこりともしないまま、涼しい目で問いかける。

「……その者を、私が罰したのがそんなに気に障った?」


「いいえ」

霧島清次はにこやかに答えた。


「たかが白拍子一人。内親王様の御機嫌を損ねたのなら、処分されて当然です」


それは本音だった。


たかが、白拍子。

たとえ美しくとも、権力には到底及ばない。


ただ——彼の胸に残ったわずかな違和感を、

赤の花がふと風に揺れた瞬間に思い出した。


紅葉。


彼女の優しさ。

素直で恥じらいがちで、でもどこか芯のある笑顔。


——今頃、どうしているだろうか。


島原のような地で、無事にやっていけているのだろうか。

あの場所に出入りするのは、荒くれ者ばかり。

さぞや怖がって震えていることだろう。


……そろそろ、迎えに行ってやるか。


内親王に知られぬよう、郊外の屋敷に囲っておけば問題ない。


——もう、限界だった。

あの肌、あの声、あの微笑みが恋しくてたまらない。



その頃、私はちょうど京の街を歩いていた。


北条信堅が質屋の番頭と会っている間、

ふと見かけた背中に心が騒ぎ、思わず歩を速めた。


……姉さん、かもしれない。


そう思った瞬間——


誰かに手首を強く掴まれた。


驚いて振り向くと、そこには霧島清次が立っていた。

彼の目も、私を見て硬直していた。


「紅葉……?」


私も、思わず言葉を失った。

まさか、こんな形で再会するとは。


「まさか……もう、連れ戻されたのか?」

「私……」


言葉が続かない私に、彼の目がきらりと光った。

喜びとも、欲ともつかない、狂おしいほどの色。


だがすぐに、眉をひそめる。


「ここにいるべきじゃない。お前の姿を内親王様が見たら……俺たち、どうなると思ってる」

そう言って、私の手を引いて歩き出した。


「話す場所を変えよう。ついてこい」


言われるがまま、近くの料亭の奥の間に通された——その直後だった。


階下が突然ざわついたかと思うと、バンッと激しい音が響き渡る。

護衛たちが左右に開き、

そこから現れたのは——


静かに歩を進めるひとりの女。

そして、冷たい笑みを浮かべたまま、私と清次を見下ろした。


「やっとわかったわ。最近、あなたが妙に忙しそうだった理由——

……まさか、こうして隠れて愛人に会っていたとはね」


——明華内親王だった。



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