霧島清次が明華内親王の御所へ戻ると、
広い庭の中央で、内親王が揺り籠に腰かけ、女中にお歯黒を塗らせている光景が目に入った。
その傍ら、地面に倒れこんだ若い娘が頬を腫らし、泣き叫んでいる。
「内親王様! もう歌ったりしません……お願いです、命だけは……!」
霧島清次はすぐにその娘を思い出した。
昨日、彼が料亭の舞台を通りがかったとき、
澄んだ鶯のような声で歌っていた白拍子の一人だった。
あのとき、ふと目が合い——
彼女は赤くなって、そっと視線を逸らした。
まさか、たった一日でこの有様とは。
……これで何人目だろう。
彼が京に戻ってきて以来、宴席で褒めた舞妓も、
屋敷で使えていた若い女中も——
すべて、明華内親王の手で、密かに処分されていた。
この女の独占欲は、もはや病的だった。
霧島清次は、わずかに眉を寄せた。
明華内親王は、にこりともしないまま、涼しい目で問いかける。
「……その者を、私が罰したのがそんなに気に障った?」
「いいえ」
霧島清次はにこやかに答えた。
「たかが白拍子一人。内親王様の御機嫌を損ねたのなら、処分されて当然です」
それは本音だった。
たかが、白拍子。
たとえ美しくとも、権力には到底及ばない。
ただ——彼の胸に残ったわずかな違和感を、
赤の花がふと風に揺れた瞬間に思い出した。
紅葉。
彼女の優しさ。
素直で恥じらいがちで、でもどこか芯のある笑顔。
——今頃、どうしているだろうか。
島原のような地で、無事にやっていけているのだろうか。
あの場所に出入りするのは、荒くれ者ばかり。
さぞや怖がって震えていることだろう。
……そろそろ、迎えに行ってやるか。
内親王に知られぬよう、郊外の屋敷に囲っておけば問題ない。
——もう、限界だった。
あの肌、あの声、あの微笑みが恋しくてたまらない。
その頃、私はちょうど京の街を歩いていた。
北条信堅が質屋の番頭と会っている間、
ふと見かけた背中に心が騒ぎ、思わず歩を速めた。
……姉さん、かもしれない。
そう思った瞬間——
誰かに手首を強く掴まれた。
驚いて振り向くと、そこには霧島清次が立っていた。
彼の目も、私を見て硬直していた。
「紅葉……?」
私も、思わず言葉を失った。
まさか、こんな形で再会するとは。
「まさか……もう、連れ戻されたのか?」
「私……」
言葉が続かない私に、彼の目がきらりと光った。
喜びとも、欲ともつかない、狂おしいほどの色。
だがすぐに、眉をひそめる。
「ここにいるべきじゃない。お前の姿を内親王様が見たら……俺たち、どうなると思ってる」
そう言って、私の手を引いて歩き出した。
「話す場所を変えよう。ついてこい」
言われるがまま、近くの料亭の奥の間に通された——その直後だった。
階下が突然ざわついたかと思うと、バンッと激しい音が響き渡る。
護衛たちが左右に開き、
そこから現れたのは——
静かに歩を進めるひとりの女。
そして、冷たい笑みを浮かべたまま、私と清次を見下ろした。
「やっとわかったわ。最近、あなたが妙に忙しそうだった理由——
……まさか、こうして隠れて愛人に会っていたとはね」
——明華内親王だった。