内親王は、私の言い分など聞こうともせず、命じた。
「清次さんが、その顔に執着しているのなら——
私がその顔を剥ぎ取って、清次さんの枕元に飾っておいて差し上げましょうか?」
「内親王様……!」
霧島清次が私の前に立ちはだかる。
だが、それがかえって逆効果だった。
内親王の目が、すっと冷たく細められる。
「……あなた、彼女を庇うの?
清次さん。……自分の立場を、もうお忘れですかね?」
彼女は私と清次を順に見て——
くすりと笑った。
「じゃあ、こうしましょう。あなたの手で、彼女の顔を壊しなさい。
それで許してあげます。」
霧島清次の拳が震えた。
——彼は、知っている。
この女は、本気だ。
内親王が差し出した短刀を、
彼はためらいながら、受け取った。
そして、苦しげな目を私に向けながら、ゆっくりと近づいてくる。
「紅葉……お前の命を守るには、これしか……」
私は一歩、彼の前に出て、静かに内親王を見た。
「内親王様。
もし、この身で——
あなたの心の『わだかまり』を解くことができれば、命を助けていただけますか?」
内親王は、少し驚いたように眉を上げた。
「……話してごらんなさい」
私はゆっくりと歩み寄り、
彼女の耳元に口を寄せて、そっと言葉を囁いた。
彼女の表情がみるみる変わっていく。
そして——
「……ふふっ……あはははっ!!」
内親王は、声を上げて笑い出した。
「樱庭紅葉、あなた、なかなか面白い女ね」
そう言いかけたそのとき——
「——東宮様が、お越しです!」
明華内親王は急いで装いを整え、
私には厳命した。
「この者を閉じ込めておきなさい」
しばらくして——
窓が静かに開いた。
霧島清次が、そこから忍び込んできた。
「紅葉……怖い思いをさせてしまったな」
彼が私の手を取ろうとした。
けれど、私は身を引いた。
霧島清次は、不満そうに眉をひそめた。
「……今は、そんな拗ねた態度を取るときじゃない。君が勝手に京に来なければ、内親王様に見つかることもなかった」
「……つまり、私はずっと——
日の目を見ることもなく、郊外の庭の中に閉じ込められていればよかったと?」
「そうじゃない。……ただ、俺は——お前が恋しかったんだ」
彼の視線が、私の胸元に落ちる。
喉がごくりと鳴った。
そして次の瞬間、強く私を引き寄せ、
唇を重ねようと——
「——やめて!!」
私は、彼の頬に平手打ちを食らわせた。
乾いた音が、室内に響き渡る。
霧島清次は、その場に固まった。
「……お前、どうかしてるのか?」
「……霧島少将様。」
私は彼を、階級名で呼んだ。
「あなたは、既婚者です。どうか節度をお守りください」
彼は眉を押さえて、苛立ちを隠そうともしなかった。
「俺は言ったはずだ。内親王と結婚しても、お前との関係は何も変わらないと。」
「……私は、あなたとは違います」
私は一歩、彼から離れた。
霧島清次は、私の目を見つめながら呟いた。
「……変わったな、お前」
そのとき——
再び、扉が勢いよく開いた。
家老が現れ、霧島清次の姿を見て、一瞬驚いたように立ち止まる。
霧島清次が言う。
「……内親王様からの呼び出しか? すぐに行く」
家老は彼を見て——
それから私を見た。
どこか複雑な表情で言う。
「いえ、清次様。……今回は、こちらの奥方様をお迎えに上がりました」
霧島清次は、その言葉に違和感を覚えず、
「内親王様が、また何を企んでいるんだ……?」
と、険しい顔で呟いた。
私にちらりと視線を向け、
「心配いらない。俺がついてる。」
私は、つい笑ってしまった。
——さっきも、あなたはそばにいた。
でも、内親王の一声で、私の顔を壊す覚悟までしていたじゃない。
「……それで、『あなたがいる』って、何の慰めになるの?」
私は口元を整え、衣の裾を払った。
「行きましょう」