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第10話

内親王は、私の言い分など聞こうともせず、命じた。


「清次さんが、その顔に執着しているのなら——

私がその顔を剥ぎ取って、清次さんの枕元に飾っておいて差し上げましょうか?」

「内親王様……!」


霧島清次が私の前に立ちはだかる。

だが、それがかえって逆効果だった。


内親王の目が、すっと冷たく細められる。

「……あなた、彼女を庇うの?

清次さん。……自分の立場を、もうお忘れですかね?」


彼女は私と清次を順に見て——

くすりと笑った。


「じゃあ、こうしましょう。あなたの手で、彼女の顔を壊しなさい。

それで許してあげます。」


霧島清次の拳が震えた。

——彼は、知っている。

この女は、本気だ。


内親王が差し出した短刀を、

彼はためらいながら、受け取った。

そして、苦しげな目を私に向けながら、ゆっくりと近づいてくる。


「紅葉……お前の命を守るには、これしか……」


私は一歩、彼の前に出て、静かに内親王を見た。


「内親王様。

もし、この身で——

あなたの心の『わだかまり』を解くことができれば、命を助けていただけますか?」


内親王は、少し驚いたように眉を上げた。

「……話してごらんなさい」


私はゆっくりと歩み寄り、

彼女の耳元に口を寄せて、そっと言葉を囁いた。


彼女の表情がみるみる変わっていく。

そして——


「……ふふっ……あはははっ!!」


内親王は、声を上げて笑い出した。


「樱庭紅葉、あなた、なかなか面白い女ね」


そう言いかけたそのとき——


「——東宮様が、お越しです!」


明華内親王は急いで装いを整え、

私には厳命した。


「この者を閉じ込めておきなさい」



しばらくして——

窓が静かに開いた。

霧島清次が、そこから忍び込んできた。


「紅葉……怖い思いをさせてしまったな」


彼が私の手を取ろうとした。

けれど、私は身を引いた。


霧島清次は、不満そうに眉をひそめた。


「……今は、そんな拗ねた態度を取るときじゃない。君が勝手に京に来なければ、内親王様に見つかることもなかった」


「……つまり、私はずっと——

日の目を見ることもなく、郊外の庭の中に閉じ込められていればよかったと?」


「そうじゃない。……ただ、俺は——お前が恋しかったんだ」


彼の視線が、私の胸元に落ちる。

喉がごくりと鳴った。


そして次の瞬間、強く私を引き寄せ、

唇を重ねようと——


「——やめて!!」


私は、彼の頬に平手打ちを食らわせた。

乾いた音が、室内に響き渡る。


霧島清次は、その場に固まった。


「……お前、どうかしてるのか?」


「……霧島少将様。」

私は彼を、階級名で呼んだ。


「あなたは、既婚者です。どうか節度をお守りください」


彼は眉を押さえて、苛立ちを隠そうともしなかった。


「俺は言ったはずだ。内親王と結婚しても、お前との関係は何も変わらないと。」


「……私は、あなたとは違います」


私は一歩、彼から離れた。

霧島清次は、私の目を見つめながら呟いた。

「……変わったな、お前」


そのとき——


再び、扉が勢いよく開いた。

家老が現れ、霧島清次の姿を見て、一瞬驚いたように立ち止まる。


霧島清次が言う。

「……内親王様からの呼び出しか? すぐに行く」


家老は彼を見て——

それから私を見た。

どこか複雑な表情で言う。


「いえ、清次様。……今回は、こちらの奥方様をお迎えに上がりました」


霧島清次は、その言葉に違和感を覚えず、

「内親王様が、また何を企んでいるんだ……?」


と、険しい顔で呟いた。


私にちらりと視線を向け、

「心配いらない。俺がついてる。」


私は、つい笑ってしまった。


——さっきも、あなたはそばにいた。

でも、内親王の一声で、私の顔を壊す覚悟までしていたじゃない。


「……それで、『あなたがいる』って、何の慰めになるの?」


私は口元を整え、衣の裾を払った。


「行きましょう」


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