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第12話

京都の町に、北条家の屋敷がある。


帰路の馬車の中は、やけに静かだった。


北条信堅は、私の顔をじっと見つめ、

頭の先から足元まで視線を這わせるように確認した。


そして、やっと安堵したように微笑んだ。


「……無事でよかった。

 明華内親王が、まだ本格的に手を下していなかったのは不幸中の幸いだ。」


私は小さく笑う。


「いえ、私、運はあまり良くないんです。

 ただ……彼女の急所を、少しだけ突いただけ。」


内親王様は、式の時からずっと——

日々、雾島清次の動向を監視していた。


彼が誰と会ったか、誰を褒めたか。

些細なことにも敏感に反応し、

でも、それで彼の心が傾いたかと言えば——

むしろ逆。


日に日に、彼の視線は彼女から逸れていった。


——彼女は、内親王なのに。


本当に手に入れたいなら、

ただ一言「この男は私のもの」と言い切れば良かった。


けれど、雾島清次が周囲に気を向けていたのは、

彼にまだ自由があったからだ。


恋をする自由、選ぶ自由、背を向ける自由。


だから私は——彼女に言った。


「……その自由を、奪ってしまえばよいのです。

 彼の“心”ごと閉じ込めれば、花も風も目に入らなくなりますよ。」


恐怖のほうが、恋よりも長続きする。


その一言に、内親王の目は一瞬、きらりと光った。


……もし、それを実行に移すつもりなら——

その矛先は、もう私ではない。



「君は……雾島清次を、憎んでいるのか?」


北条信堅が不意に尋ねた。


私は視線を落とし、静かに答える。


「いいえ。彼には感謝しています。

 あの二年間、庇ってくれたのは事実です。」


「……けれど、私は生きたい。」


内親王の執着がいつか疲れ果てる時、

その時こそ、本当の地獄が始まる。


——私は、ただ少しだけ、その日を早めただけ。

生きるために。



勾玉の話に戻る。

北条信堅は、そのとき典当された勾玉の主を調べ、

絵師に似顔を描かせていた。


しかし、描き出された女性は——

義姉にしては、あまりに若く、顔立ちも違いすぎた。


私は肩を落とす。


「違ったのか……」


北条信堅はすぐに続けた。


「ただ、その者が何か知っている可能性はある。

 人を増やして京都中を探している。——君の姉も、まだ見つかるはずだ。」


私の胸に、静かに、もう一度あの人の面影がよぎる。


——また、借りが増えた。


何もかもしてもらって、私ばかりが助けられている。


けれど北条信堅は、そんな私の心を読んだように、ふと口を開いた。


「君の姉を探す代わりに……俺の頼みを一つ、聞いてくれないか?」



その声音は、どこまでも穏やかで——

けれど、不思議と拒めないものだった。


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