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第10話

プライベートオークション。


各界の名だたる資産家やセレブが集まり、今まさに始まろうとしている目玉コレクションについて熱心に語り合っていた。

久瀬隼人は重い足取りで、開札の直前になってようやく個室に足を踏み入れた。


「隼人、どうしてこんなに遅く来たの?」


久瀬のお祖母様がすぐに彼の手を取って、自分の隣に座らせた。


「お祖母様、会社で急ぎの用事がありました。」


久瀬隼人は眉間を揉み、疲労の色を滲ませた口調で答え、それを聞いたお祖母様は目を潤ませた。


「隼人、会社のことは他の人に任せてもいいのよ。今、あなたが最優先すべきなのは、瑶の出産だけなんだから!」


「隼人、見てごらん。私がこれから競り落とそうとしているのは、あの七宝焼きの鳳凰紋香炉よ。孫や曾孫への贈り物にしたら、きっと喜ばれるわよね。」


久瀬隼人は視線を下ろしてカタログに目を通し、口元に薄く笑みを浮かべたが、すぐにその表情を引っ込めた。


「お祖母様のお気遣い、ありがとうございます。瑶もきっと喜びますよ。」


「やっぱり瑶はいい子だわ!」


お祖母様は目を細めて喜びをあらわにした。


「それに比べて、あの人は……子供の一人もいない上に、家伝のブレスレットまで壊して。あんな女、もう要らないわ!」


彼女は鼻で笑いながら続けた。


「あなたがあの子に夢中だったから仕方なく受け入れたけど、本当なら絶対にあの子なんか家に入れなかった!」


霧島栖の名が出た瞬間、久瀬隼人の胸が鋭く痛んだ。ぽっかりと穴が開いたようだった。


「お祖母様、栖ちゃんにも悪気はなかったんです。そもそも俺たちが先に秘密にしていたのから……」


「ふん!あの子は、あなたが甘やかしすぎたのよ。子供も産まない、気に入らなければすぐ怒る、場の空気も読めない!」


お祖母様はどんどん語気を強め、ついにはカタログをソファに叩きつけるように投げて、きっぱりと言い放った。


「やっぱり瑶が一番!」


久瀬隼人はただ隣で苦笑いするしかなく、七宝焼きの鳳凰紋香炉の入札を待った。


「七宝焼きの鳳凰紋香炉。江戸時代、御用職人が大名家のために丹精込めて作ったとされる逸品。香炉の全体に七宝焼きが施され、蓋には金色の鳳凰が羽ばたいており、豪華絢爛で非常に希少な品です。スタート価格は、五百万円!」

お祖母様は目を輝かせてすぐに札を上げようとしたが、久瀬隼人が彼女の手をそっと抑えた。


「お祖母様、瑶に贈ると決めたのなら、必ず落とします。」


彼は指を鳴らし、無条件落札の意思を示した!


「そちら、無条件落札の意思表示です!」


オークショニアがハンマーを打ち鳴らした。


「おめでとうございます。そちらのお客様に七宝焼きの鳳凰紋香炉をお届けいたします!」


お祖母様は手を打って大喜びした。


「隼人や、よくやったわ!」


久瀬隼人は微笑みながら椅子から立ち上がった。


「お祖母様、もう落札できましたので、俺は会社に戻ります。」


お祖母様は頷きながら彼の手のひらを優しく握りしめた。


「隼人、ちゃんと休むのよ。あなたの体に何かあったら、お祖母様は悲しむわ!」


「ご心配なく、お祖母様。ちゃんと心得ています。」


彼は扉を押し開け、腕時計で時間を確認しながら、ふうっと小さくため息をついき、ふと唇に笑みが戻った。


瑶の出産が終わったら少し休もう。栖とちゃんと向き合う時間が欲しい。このところ、本当に寂しい思いばかりさせてしまったな。もちろん、栖にも少しは悪いところがあるけど……


そんなことを考えながら歩いていた久瀬隼人の視界に、淡い黄色のドレスをまとった女性の姿が一瞬よぎった。


その女性は明らかに大きなお腹を抱えていたが、足早に個室へと入っていった。


「……瑶?」


彼は戸惑いがちに声をかけたが、女性はまったく気づかずにそのまま個室に消えていった。しかも、いつもは慎重な彼女にしては珍しく、扉すらちゃんと閉めていなかった。


久瀬隼人は胸の奥に不安を抱きながら、そっとその扉に近づいた。わずかに開いた隙間から、中の男女の会話がはっきりと彼の耳に飛び込んできた。


「黒川社長、この子はあなたの子よ。本当に捨てるつもり?」


耳に飛び込んできたその女の声は、久瀬隼人にとって雷鳴のように衝撃だった。今、確かに病院で出産を待っているはずの白鳥瑶の声だ。


「うるさい、俺は最初からいらないって言っただろ!」


その声の主は、どう聞いても六十代近くの男だった。


「何度も流産しようとしたよ、この子は諦めてくれなかった。だから産むので、あなたには養育費を払ってもらう!」


白鳥瑶の声は、久瀬隼人の知る優しい口調ではなく、針を含んだように鋭く毒々しかった。


「そうでないと……黒川夫人のところへ行って騒ぎ立てるわよ。」


黒川社長はその名を聞いた途端、急に声を潜めた。


「……いくら欲しいんだ?」


白鳥瑶は笑いながら、指で2のサインを見せた。


「二億円よ!」


黒川社長は息を荒げて数度深呼吸し、怒声を上げた。


「お前……俺からもゆすろうってのか、この悪女め!」


「久瀬家に取り入ったくせに、まだ俺を巻き込む気か!」


「だって、この子は黒川社長の実の子ですもの。あなたがあのレセプションで私に酷いことを言ったから、私は仕方なく久瀬に薬を盛って、奥様に似たドレスを着て騙したのよ。」


「その後、久瀬が海外出張だと知って、わざわざ事故を仕組んで命懸けで助けたの。それでようやく私を家に戻してくれて、この子を認知してくれたじゃない。でもね、黒川社長、今のままだと、久瀬家の人たちがこの子を見た途端に気づくわ。この子が久瀬隼人の子じゃないって!」


「そうなれば、あなたも私も、ただじゃ済まない!だから、今が最後のチャンスよ。二億円さえくれれば、この子と一緒に遠くへ行って、あなたの邪魔にはならない。」


白鳥瑶の冷たい笑い声が、久瀬隼人の耳に一語一句、はっきりと響いた。


――なに?この子は、久瀬家の子じゃない……?


ガシャン!


突如として、音が鳴り響いた。目を向けると、あの無条件落札した七宝焼きの鳳凰紋香炉が、床に叩きつけられていた。


お祖母様は蒼白な顔で激怒しながら叫んだ。


「この子……本当に久瀬家の子なの!?」

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