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第14話

黒の高級車が静まり返った無人の街道を疾走していた。運転席に座る男の顔は影に覆われ、その表情は読み取れなかった。


「栖ちゃん……」


彼は呟いた。胸の中は罪悪感と後悔でいっぱいだった。


ハンドルを強く叩いた瞬間、脇に置いていたスマートフォンが突然鳴った。車を停め、画面をスライドして通話ボタンを押すと、久瀬祖母の声が飛び込んできた。


「隼人、栖に会えた?彼女、何か言ってた?私たちを許してくれそう?」


久瀬隼人の胸がぎゅっと締めつけられる。しかし彼は祖母を慰めるように言った。


「栖ちゃんは優しい子。きっと僕を許してくれます。」


「私はなんてことを……あの子を叩いたなんて……栖ちゃんは今、きっと私を恨んでいるわ……」


 久瀬隼人の心は既に混乱の極みで、それでも彼は言った。


「祖母様、また後で電話します。まずは休んでください。」


彼は初めて、通話を一方的に切った。祖母の泣き声を遮断するように。


彼はかつて禁煙していた。それは霧島栖が煙草の匂いを嫌っていたから。だが今、どうやって自分の感情を抑えればいいのか分からなかった。


「栖ちゃん……僕を責めないよね?」


煙に包まれながら、彼はここ最近の出来事を何度も思い返し、自分を叩いた。


「久瀬隼人……こんな女に騙されて、最愛の人を見失って……」


煙草を揉み消し、目の前の高級住宅を見上げる。中は真っ暗だった。霧島栖はもう寝ているのだろう。


久瀬隼人は車を降り、玄関の前で立ち尽くす。煙の匂いが消えるまで、ただそこに。あの久瀬社長が、こんなにも戸惑う姿など誰が想像できただろうか。


「栖ちゃん……君は分かってくれる。きっと……」


彼は独り言を呟く。だが、白鳥瑶の言葉が脳裏に浮かんでは消えなかった。


「だから霧島栖は離婚すると言ってたのよ!霧島栖はもうあなたの元を去ったの!」


「そんなはずない……栖ちゃんは僕を……」


不安はどんどん膨らんでいく。最後に会ったのは、もう一か月近くも前のことだった。


彼はずっと病院に付き添い、白鳥瑶の出産を見守っていた。その間、一度も霧島栖のことを思い出さなかった。そして今日、偶然に真実を知り、自分が何をしてきたのかをやっと理解した。


「栖ちゃん……僕は必ず君に償う……」


意を決して玄関を開けると、そこには誰もいなかった。空気には埃の匂いが充満し、長い間、人の気配がないことを物語っていた。


「栖ちゃん……?」


慌てて灯りをつける。どの部屋にも薄く埃が積もっていた。


「栖ちゃん!栖ちゃん!」


彼は取り乱し、すべての部屋の扉を開け、すべての引き出しを引いた。最初は彼女を探すために、次第に彼女の痕跡を求めて。


だが何もなかった。


「……本当に行ってしまったのか……僕を置いて……」


膝をつき、がらんどうの部屋に打ちひしがれた。そして寝室のサイドテーブルの引き出しを開けたとき、あの封筒を見つけた。


「栖ちゃん……!」


希望を胸に封筒を開いた。


だが、そこにあったのは金の文字で記された一枚の紙――離婚届受理証明書。


「……嘘だ……」


手が震える。スマホを取り、霧島栖の番号を押す。


『おかけになった電話番号は現在使われておりません……』


繰り返される機械音声。久瀬隼人は何度も何度も番号を押した。


その姿はまるで、闇の中で迷子になった子供のようだった。足元に落ちた離婚証明書。涙が静かにその上に落ちた。


彼は重く電話を取り上げ、秘書にかけた。


「……夫人の行方を調べてくれ。」


「かしこまりました!」


電話を切ると、久瀬隼人は赤く充血した目で離婚証明を見つめた。


写真に写る、少し幼さの残る彼女の笑顔。かつて自分が誓った全ての言葉が胸を刺す。


『栖ちゃんを大切にしろ。骨の髄まで愛せ。そうしなければ俺が許さない。』


「栖ちゃん……僕が間違ってた……」


もしあの頃の自分が今の自分を見たら、きっと殴り倒したくなるだろう。

全ては——


久瀬隼人の顔に冷ややかな笑みが浮かぶ。目には鋭い光。


「白鳥瑶……絶対に許さない……」

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