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第15話

ガシャン!


霧島栖は目の前でゆりりが絵の具缶を倒すのを見て、慌ててやんちゃな子猫を抱き上げた。


「こら、偉大なる画家様の邪魔したらだめでしょ!」


ゆりりは不満げに「にゃー」と鳴き、一人と一匹の小競り合いが始まった。林原清和は筆を止め、微笑を浮かべてその様子を見つめていた。

静かだったアトリエに、柔らかくあたたかな空気が広がっていく。


霧島栖は猫をアトリエの外に出し、ふぅとため息をついて、子猫に散らかされた絵の具チューブを片付け始めた。


「俺がやるよ。」


林原清和も彼女の隣にしゃがみ、共に片付ける。ふと、二人の手が同じ絵の具チューブに触れた。


霧島栖は瞬間的に頬を染め、手を引こうとした。しかし、その手を林原の大きな手がそっと押さえた。


彼の指には、長年の筆の作業でできた硬い跡があり、しっかりと彼女の手首に触れていた。


「清和……」


霧島栖はどもりながらも手を引こうとしたが、林原はその手を強く握りしめ、指を絡ませてきた。


「なっ……!」


霧島栖が驚いて身体を震わせた瞬間、林原は彼女を抱き寄せた。整えたばかりの絵の具チューブが、再び「ドサッ」と音を立てて散らばった。


「動かないで。」


彼の吐息が首筋を撫で、彼女の肌は敏感に反応した。


胸がぴったりと重なり、鼓動が響き合う。


「清和、何をしてるの……?」


「栖……俺の気持ち、まだわからない?」


林原は猫のように彼女の首元に顔をすり寄せ、自分の存在を刻もうとしていた。


「わたし……」


「『離婚したから』って言い訳、もう何度聞いたかわかる?」


彼は突然、彼女を抱えあげて膝の上に乗せ、その髪が彼女の耳元をくすぐる。


「引っ越してきた時からずっと避けてるようで、俺に諦めてほしいのかと思ったよ。」


そう言いながら、彼は肩に軽く噛みついた。


「でも、諦めないってわかってるでしょ?君も……俺の気持を知ってるはずだ。」


「清和、恋愛はそんな簡単なものじゃない……」


 霧島栖は唇を噛みしめ、ためらいながらも続けた。


 「過去に傷ついたからこそ、あなたを巻き込みたくないの。」


 「君は俺を傷つけたりしない。」


 「清和……これは……」


 「ねぇ、俺じゃダメなの?」


林原清和は彼女の手をそっと放し、そのまっすぐな眼差しで彼女を見つめた。


「迷い猫を引き取るって言ってたのに、いざ来たら追い返すなんて……」


霧島栖の目には、彼の頭の上に猫耳が垂れているように見えた。


「勝手に入ってきたくせに、急に出ていこうとして……」


彼の声は寂しさと悔しさに滲み、彼女を押しのけようとした。


「冗談だって思ってくれたらいい……もう、前のようには……」


「誰が追い返すって言ったの。ちゃんと引き取るよ。」


林原清和はぽかんとしながらも、彼女が彼の手を握り返したのを感じた。まるで猫をあやすように、彼の背をそっと撫で、耳元に囁いた。


「うちに来ちゃったんだから、責任取らないとね。」


林原清和は彼女をじっと見つめ、次の瞬間、彼女の唇に深くキスを落とした。


「じゃあ、小猫と一緒に……家に戻ってくれる?」


霧島栖は彼の首に腕を回し、息を弾ませながらも囁いた。


「うん……」


その言葉が終わらぬうちに、彼は再び唇を重ね、ぬくもりを確かめ合うようにキスを続けた。






久瀬家。


白鳥瑶は床に跪き、頬は腫れあがり、血が滲んでいた。ボディーガードたちは容赦なく彼女の顔を打ち続け、止まる気配はなかった。


「よくも久瀬家を騙したわね!」


久瀬祖母の怒声が響く。


そこへ久瀬隼人が重い足取りで現れた。祖母はすぐに彼に駆け寄り、問いかける。


「隼人、栖には会えたの?許してくれたの?」


彼は暗い表情で首を振った。


「どうしよう……彼女はきっと、私のことを恨んでるわ……!」


祖母は再び白鳥瑶を平手打ちし、彼女を床に倒した。


「いやらしい女!久瀬家を弄ぶなんて!」


久瀬隼人は冷ややかな目で泣き伏す白鳥瑶を見下ろし、助手からの報告を思い出し、怒りを燃やした。


「手術の手配を。」


白鳥瑶は信じられないという表情で彼を見上げ、涙を溜めて叫んだ。


「隼人、やめて!」


久瀬隼人の目は冷たく、感情の欠片もなかった。


「流産を装うのは得意だったじゃないか?黒川社長からも、君とその子は久瀬家の処分に任せると承諾を得ている。」


その声は冷たく響きわたり命じた。


「今すぐ手術を実施しろ。」

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