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0612 新しいイス

吾輩は猫である。

名はありすぎて適当に呼ばせているが、あえて言うなら『一之江』と呼ばれている。


吾輩は野良ネコであり化け猫であるから特定の住処を持たぬがいつもはヒッコシ家かイザカ家の女子の家かタンテイの小僧の家で寝泊まりしている。


その他にも色々住処はあるがここの三か所は話の分かる奴らだから気が楽だ。


吾輩はヒッコシ家のボウルガミで爪とぎを終えるとイザカ家に来た。


「いらっしゃい、之江ちゃん」

「おはよう、花子。

今日も変わりないか?」

「変わり無いよ」

「そうか。

仕事までいつもの場所で待たせてもらうぞ」


吾輩はヒッコシ家の定位置である店前の台の上に乗ろうとしてから変化に気づいた。


「花子。

何か変わったか?」

「ん?

あぁ、椅子を変えたんだよ

之江ちゃんの座っていた椅子はかれこれ10年ぐらい野ざらしで足元が大分ボロボロになっていたからね」

「そうか…」


吾輩は新しい台の上に乗った。

クッションも新しくなっておりフワフワしている。


「もう10年経ったのか」

「そうだね。

之江ちゃんと出会ってから…もう50年経つのね」


50年


確か50年をハンセイキと呼ぶのだったか。

吾輩が物心ついてから三回目のハンセイキになるか…。


そんな事を呟けば「あら、之江ちゃん150歳になるのね」と花子の驚く声。


「確か之江ちゃんって昔は港市にいたんだっけ?」

「あぁ、そうだ」

「どうしてここに来たの?」

「50年前にあの地域で車が増え始めて危なくなったのだ。

あそこは旨い魚も多かったが危ない目に何度もあったからな」


港市は魚が美味しかったのは事実だが車も人も自分に甘くなかった。

車はデカくて危ないし、魚を取れば怒られるし、ネズミをどれだけ捕まえても分け前一つくれない。

それに誰一人話の通じる奴がいなかったのが存外堪えた。


「そう言えば花子。

お前寿命はあとどのくらいなんだ?」

「私の寿命?

之江ちゃん程じゃないけどまだまだあるから心配しなくても良いわよ」


カラッと笑う花子。


寿命はあるというが人間の寿命は確か60かそこらだった気がする。

少なくとも最初の友は丁度60歳で死んだ。


もし今が50だとしても後10年。

更に20年経てばヒッコシ家の奴も60を超えるし、30と少し過ぎればタンテイの小僧も60を超える。


気づいた時にはこの椅子の様にある日突然変わってしまうのだろうか…。


「花子。

なるべく長生きしてくれよ」


花子自身に聞こえたか知らないがそう呟いて私は夜の仕事に備えて目を閉じた。





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