「お、お兄さん。横いい?」
「あ、どうぞ」
バーのカウンター席にいると隣に少し年上、30半ばの男性が座った。
男性は荷物を椅子に掛けて「はぁー」と言いながら腰かける。
彼の左手。ブラウンのスーツの裾。薬指の金の指輪。タバコーーーじゃない。
100円ショップに売られているプラスチック製のタバコケース。その中に入っているのは見るからしてタバコじゃない。
手で箱を握っているから何なのか見えないが箱の端に見えるのは
「お兄さん、その手に持ってるのは?」
「ん、これかい?」
彼はケースを開け、中から一本のそれを取り出す。
「一本いるかい?」
「あ、ありがとうございます」
差し出されたのはキャンディーだった。
断る理由は無いので頂き、包みをはがして口に含んだ。
「何故キャンディー?」
「あぁ、妻が妊娠して吸えなくなったからね。
その代わりさ。いつもの」
そう言って彼は店主に酒を催促し、キャンディーをもう一本取り出すと口に含んだ。
「なるほど。ーーーって、こんな場所でお酒何て飲んでていいんですかい?」
「大丈夫、妻から許可はもらっているからね。
それにここは僕の店だからね」
「あ、オーナーさん!?」
「大正解。
君はよくこの店に来てくれるのかな?」
「いえ、今日初めてです。
ちょっと用があって来たので」
「そうかい、どこから来たんだい?」
「××の〇〇って言うんですけど、知ってます?」
「あぁ、良く知ってるよ。
あそこには桜の名所があるだろう」
「そうですね、ウチも近いです」
「実はあの傍に妻が住んでいて、そこで出会ったんだ。」
「へぇ―――」と、相槌を挟んで俺は彼に興味が湧き顔を上げた。
「---って、義兄さん?」
「…佐助君」
互に沈黙---。
あまりの偶然にどちらからともなく笑いが漏れた。
「おぉ、ようこそいらっしゃい!!」
「妊娠おめでとうございます!」