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第10話


メッセージが送信されたちょうどその頃――

清原介人はバスタオルで髪を拭いていた。


スマホの通知音が鳴り、彼が手に取ろうとしたその瞬間。

「私が見るね?」

青山遥が先にスマホを取って、にこっと微笑んだ。

彼は苦笑して「いいよ」と応じた。

彼のスマホには、すでに遥の指紋認証が登録されていた。


遥は慣れた手つきで夏目汐里とのトーク画面を開くと、そこには汐里からのメッセージが表示されていた。


彼女の瞳に、一瞬だけ軽蔑の色が浮かぶ。

そして、迷いなくそのメッセージを削除した。


――彼女は最初から知っていた。介人と夏目汐里の関係を。


だが、それはただの片想いだと信じていた。


世間の誰もが知っている。

清原介人は自分に夢中で、骨の髄まで自分を愛していると。

だから、他の女なんて、眼中にあるはずがない。


削除を終えると、今度は他の仕事関係のメールも目に入った。

彼女はそれらもまとめて削除した。


その頃、介人は髪を拭き終え、

ほのかにボディソープの香りを漂わせながら近づいてきた。

彼女を後ろから抱きしめて、耳元で尋ねた。


「さっきの通知、何だった?」


遥はくるりと振り返って彼を抱きしめ返し、スマホをそっとテーブルに置いた。


「迷惑メールよ。気にしないで? ねぇ……続きをしよう?」


そう言って笑う彼女のネグリジェの裾から、柔らかな肌がちらつく。

「……ああ」


それだけ呟き、彼は再び彼女をベッドへと押し倒した。

――夜は更けていった。


***


翌朝、まだベッドで眠っていた介人のスマホがけたたましく鳴り始めた。

彼は最初無視しようとしたが、あまりにもしつこく鳴り続ける。


「……今日は休日のはずだろ」


苛立ちを抑えながら、彼はスマホを取って出た。

電話の相手は、もう一人の秘書だった。焦った様子で声を上げる。


「昨日、取引先から会議の件でメールが届いてました!

今日、清原社長と打ち合わせの予定です! もう皆さん来てます!」

「……は?」


介人は一気に目が覚めた。

「そんなメール、俺には届いてないぞ!?」


彼はすぐに服を取りに立ち上がり、眉間にしわを寄せながら怒鳴った。


「大事な会議を、なんで夏目汐里が俺に伝えてないんだ!?何やってるんだアイツは! すぐに迎えに来させろ!」


彼の怒りはどんどん募っていた。

汐里がまだ自分に腹を立てているせいだと決めつけていた。


……まさか、その返答が――

「社長、夏目秘書は……もう退職されました」

まるで雷に打たれたかのように、彼は固まった。


「な……なんだって? 俺が許可した覚えはないぞ!?すぐに戻るように言え! 俺の許可がなきゃ退職なんて認めない!」

介人の怒鳴り声に、電話の向こうの秘書は震え上がる。


――彼の頭の中は混乱していた。


(汐里……本当に辞めたのか? あれだけのことで……?)


自分は、遥が一番大事だと言った。

だからこそ、汐里の気持ちは理解していたつもりだった。

彼女が受けた理不尽は、これから少しずつ償っていけばいい。

……そう思っていたのに。


なぜ、彼女は一言もなく――すべてを断ち切ったのか。


そのとき。

ベッドの中から、柔らかい声が聞こえた。

「……どうしたの、介人?」


青山遥が、まだ眠たそうに彼にしがみついてくる。

その様子に、彼は思わず語気を緩めた。


「なんでもない。仕事だ、君は気にしなくていい」


彼は会社へ行くつもりだった。

が、遥はお構いなしに腕を絡めてくる。


「一緒に寝てよ……まだ朝だよ? ね、行かないで」


彼女の甘えた声と、ふわりとした体温に

昨夜の記憶が蘇る。

――結局、彼はベッドに戻った。


再び彼女を寝かしつけた頃には、すでに30分以上が経過していた。

スマホを開くと、何件もの着信が並んでいた。


彼は短くメッセージを返す。

「今日の会議、午後に変更してくれ」


しかし返ってきた返信は、冷や水のような内容だった。

「社長、お客様はすでにお帰りになりました。……契約も、破談になりました」


彼の心が大きく揺れた。

だが、腕の中の遥の寝顔を見ると、すべてが報われたような気がした。


微かに口元を緩めた彼だったが――

次の瞬間、ある違和感が脳裏をよぎった。


(……メール、届いてなかった……?)


彼は慌ててスマホのメールアプリを開いた。

受信トレイには何もない。

……昨夜、遥がスマホを見たのを思い出す。


僅かな期待と不安を抱えながら、彼は「ゴミ箱」フォルダを開いた。

――そして。

顔がみるみる青ざめ、歯を強く食いしばった。



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