捨てられた青山遥は、もはや取り繕うことすらやめ、開き直ったように笑いながら知っていることをすべて暴露し始めた。
「……ねえ、あんた、自分の車で何を見つけたと思う? 夏目汐里のストッキングよ。
……ふふ、あの車の中で、あんたら何回ヤッたのかしらね。
夏目汐里って、本当、哀れな女。四年間も愛人のままで満足してたなんて、バカすぎる!
清原介人、あんたが彼女の言葉を信じなかったんでしょ?
あんた自身が、彼女が苦しんでいるのを見て見ぬふりして、私を選んだんじゃない。
夏目汐里を追い出したのが私? 違うわよ、あんたよ、全部――あ・ん・た・の・せ・い!」
その一言一言が、まるで毒の刃のように介人の心を刺していく。
彼の表情はみるみるうちに沈み、拳はギリギリと音を立てるほどに握り締められていた。
「……まだ自分の過ちに気づいていないようだな」
そう冷たく言い放つと、介人はボディーガードに命じて、遥を再び押さえつけた。
彼女の悲鳴を背に、容赦なくその場から引きずり出させる。
そのまま別荘へ戻った清原介人は、青山遥を地下室に監禁した。
そして、かつて彼女が夏目汐里にした仕打ちの数々――それを、今度は遥自身に味わわせた。
熱湯の入った茶碗を持たせ、手は火傷で水ぶくれができ、
長時間の正座を命じ、意識を失っても目が覚めたらまた跪かせる。
介人は、その様子を一切見に行かなかった。
彼には、もっと大切なことがあった。
――夏目汐里を、取り戻す。
自分の心に正直になったとき、彼はそう誓ったのだ。
彼が向かったのは、清原寧々が国内に持っている家だった。
インターホンを押すと、すぐに中から妹が出てきた。
だが彼女は、兄の顔を見るなり露骨に表情を曇らせた。
「……何しに来た?」
清原介人は、自分に非があることを分かっていた。
両手いっぱいに土産を抱え、笑顔を作りながら答える。
「帰ってきてからずっと顔を見れてなかったから、遅くなったけど、これはその……お土産。寧々の好きなものだよ」
寧々はそのまま無言で兄を見つめた。
だが、汐里に言われた言葉が脳裏をよぎる――「あなたたちは兄妹だから」。
彼女は仕方なく、冷たい表情のまま兄を家に上げた。
そして、彼の腹の内をすぐに見抜いた。
「……汐里の居場所を聞きに来たんでしょ。言ったよね、絶対に教えないって。無駄よ」
清原介人は部屋に入って土産を置き、声を落として口を開いた。
「……寧々、俺、本当に反省してるんだ。汐里の居場所、教えてくれないか?
もう二度と、あんな女に彼女を近づけない。今度こそ、ちゃんと一緒に生きていきたい。
……寧々も、汐里と仲良いだろ? 俺たちがやり直せれば、寧々だってまた、いつでも会えるんだよ」
「やめて」
寧々は彼の言葉を遮った。
「……汐里は、私の大事な親友よ。あんたとどうなろうが関係ないの。彼女が幸せでいてくれれば、それでいいの。
それに、“青山遥こそが家族”って言ってたの、忘れた?」
その言葉に、清原介人は言葉を詰まらせる。
寧々はそんな兄の様子に、ますます怒りを募らせた。
「……あの女のために、あんた私にも手を挙げたよね? 汐里のことも、何度傷つけた? 今さら“反省した”って、そんな都合のいい話ある?汐里は今、海外で幸せに暮らしてるよ」
その一言で、介人の身体がふらついた。
彼は深く息を吸い、妹の前で膝をついた。
「寧々……頼む。俺は、本当に間違ってた。青山遥にはもう罰を与えた。信じられないなら、見に来てくれていい。
……汐里には、俺が変わったことを伝えてほしい。あの人は、俺を八年も愛してくれてた。俺は、その愛に応えたい。……寧々、お願いだ、一度でいい。彼女に会わせてくれ」
必死だった。
まるで何かに追い立てられるかのように、彼の声は早口になり、目には涙が滲んでいた。
寧々は呆れたように笑った。
「八年も愛されてたこと、今さら分かったの? その八年間、あんたは何をした?
彼女をただの道具みたいに扱って、好きなときに呼びつけて、都合が悪くなると放り出して――そんな人間?
……彼女だって人間よ、清原介人。痛みだって、限界だってあるのよ」
言葉が、刃となって突き刺さった。
清原介人は何も言えず、ただその場に崩れ落ちるように土下座した。
「……寧々、お願いだ。たった一度でいい。会って、謝らせてほしい。もし彼女がそれでも許してくれないなら、もう二度と追いかけたりしない。だから――頼む……」
高慢だった兄が、人に頭を下げる。
しかも、それが妹の自分に向けられたものであるとは――
寧々は一瞬、何も言えなかった。
だが、それでも。
「……汐里が“会ってもいい”って言ったらね。そのときは教えてあげるわ、今いる場所を」
絶望の底にいた男の目に、希望の光が差した。
「……本当か? 本当だな?ありがとう、寧々……ありがとう!」
彼は何度も何度も頭を下げ続けた。